やわく、制服で隠して。

放課後になった。
彼氏が住むマンションの前までついて来てくれた深春は、途中何も喋らなかったけれど、マンションに到着してから、私の手を握った。

「手、冷たい。緊張してる?」

「少し。」

「何かあったらすぐに連絡して。」

「…分かった。でも深春はもう帰ってていいからね。別れよって言うだけだよ。大丈夫。」

「部屋は何号室?」

「二の三。でも本当に大丈夫だから。」

深春を安心させたくて笑ってみせた。
深春はコクンと小さく頷いて、クルッと私に背を向けて歩き出した。

私もゆっくりとマンションの階段を登った。二階だからすぐに着いてしまう。
玄関のドア前の塀から少しだけ体を乗り出して、さっきまで二人が立っていた路地を覗いたけれど、深春の姿は無かった。

だけど私には、深春は本当は帰っていないって確信があった。
きっと帰ったふりをして、路地の陰に隠れている。
じゃなきゃ部屋番号なんて聞いてこないと思ったから。

玄関のドアに向き直って、インターホンをゆっくりと押した。
ぴん、ぽーんと間伸びした音の向こうから、フローリングを歩いてくる足音が聞こえてくる。

彼はきっと、笑顔で私を出迎える。昨日と同じ笑顔で。
別れ話をしに来たなんて絶対に思っていない。

穏やかな笑顔の下に隠した本音が怖い。
本当は密室で二人きりになるのは怖かった。
今まで何度もそういう状況を過ごしてきたのに。

ガチャッと玄関の鍵が開く。ゆっくりと押し開けられたドアの向こうから、思った通りいつもの顔で「いらっしゃい」って彼が笑っていた。