やわく、制服で隠して。

核心を突かれた気がした。
彼は優しかった。家庭教師として初めてうちに来た時も。勉強中も。

私に付き合おうって言った時も。可愛いって言ってくれる時も。

ずっと優しかったし、ずっと…。
彼と、外でデートしたことが無いなって、こんな時に思い出してしまった。

外で手を繋いで歩いたことも、友達に紹介されたことも無い。
親には内緒にしていようねって言ったのも彼だし、だから私は誰にも言わなかった。

彼はもう、二十二歳だから。私よりずっと頭だっていいから、世間の色んなこと、ずっとずっと知っているのだろう。

深春が言ったように、世間に何て言われたって、私が嫌な目に遭ったって、自分の身を危険に晒してまで私を守ってくれるって、彼の今までの言動から、そう言える自信は、私には無い。

「まふゆ。」

声を荒げて立ち上がった私のスカートの裾を、深春がキュッとつまんだ。

「座って。お願い。」

さっきまで空っぽの目をしていた深春が、小さい子供みたいな目をした。
ママに縋る、小さい子供みたい。

何も言わず、もう一度座った私の頬に、深春が触れた。
入学式の時と同じ。深春の手のひらは冷たいのに、心臓の奥が焦げていくような熱を感じた。

「ちゃんと法律で駄目だって決められているような恋愛にそんなに必死になるのなら、法律なんて無い恋ならもっと、夢中になってくれるの?」

「え…?」

深春が、制服のリボンをすっと解いた。
私の胸元にも同じリボンが結ばれているのに、それはひどく特別な物に見えた。

頬から私の左手に、深春の手が移動する。
私の左手の小指にゆっくりと、深春がリボンを結んだ。
一回固結びしただけのリボンは、一生解けないような圧を感じた。

「深春?」

「私のものよ。」

リボンが結ばれた手のひらを取って、まふゆがそっと口付けた。

静かだった。心臓が痛い。だけど多分、深春にはこの鼓動は聴こえない。
こんなに痛くて、こんなにうるさいのに。

「深春。」

「私なら、自分がどうなってもいつだって、まふゆだけを守るよ。」

深春の名前を呼ぶ私の声も、深春には届かない。
このリボンを、断ち切ることは私にはきっと出来ない。

入学式の日から隠そうとしていて答えが、きっとコレだった。
私が隠したいのは、誰にも知られちゃイケナイと思っていたのは、法律に背いた、大人ぶった恋愛なんかじゃない。

深春への“興味”を知られることが、何よりも怖かった。
それは深春にも。知られてしまったらきっと、私達は何処までも堕ちていく。

世間がどれだけオープンになっても。
どれだけ寛容になっても。

私達はまだ、“小さい世界”に生きていたから。