やわく、制服で隠して。

「絶対に切れない絆をプレゼントしてあげるからさ。会社なんて辞めて帰っておいでよ。」

お父さんは電話越しにそう言ったの。

「絶対に切れない絆って何?」

「帰ってきてからのお楽しみ。」

「でも会社を辞めて私はどうすればいいの?両親はきっとすごく怒るわ。」

「一緒に暮らそう。不自由なんてさせない。俺達、結婚しよう。」

付き合ってもいないのに、突然のプロポーズだった。
棗くんがずっと私に気があることは知っていたし、私はその気持ちを利用していたのよ。

それなのにちゃんと説明もしないで結婚しようだなんて。
冬子ちゃんへの想いも知っているくせに。

でもね、それもありかもなって思ったの。
地元じゃない土地で頑張ってはみたけれど、職場と自宅の往復ばかりで友達も出来やしないし、必死で働いたってお金は気付けば消えている。

たまに食べられる美味しい食事も、次の日になれば虚しさしか残さない。
この場所には冬子ちゃんも居ないし、私に愛を囁いてくれる人も居ない。

正直、すごく疲れてた。
人生がつまらなくて仕方なかった。

「分かった。」って、後先考えずに返事をして、次の日には会社に退職届を提出してたわ。
もちろん、物凄く叱られた。

だからってすぐには退職出来なくて、退職するのはそこから三ヶ月後ってことになったの。

この三ヶ月が地獄のように長い日々だった。
第一希望だったはずなのに、ちっとも楽しくなかった仕事がもっともっと何倍も苦痛に感じられた。

三ヶ月間を乗り越えて、さっさとマンションを引き払って、退職した日から一週間後には地元に帰っていたわ。

退職する前から部屋を引き払う日はとっくに決まっていたし、浮き足立ちすぎて引っ越し準備も随分早く終わらせていたから、億劫なことなんてなんにも無かった。

マンションを引き払った日、その足で棗くんが一人暮らししてたマンションに転がり込んだの。
両親はやっぱり大激怒していてケータイは鳴りっぱなしだったし、ひっきりなしにメールが届いていたけれど、「迷惑はかけません。帰らないので安心してください。」ってメール一つで、私は親子の縁を清算してしまったの。

冬子ちゃんへの想いを理解してくれなかった両親のことなんて、もうずっと前からどうだって良かった。
散々仕送りしてもらっておいて最低な娘だってことは、それからかなり後にならなきゃ気付かなかったわね。

深春、あなたがおじいちゃんやおばあちゃんとの思い出が無いのはそういう理由だったの。
ごめんなさいね。