それから夏休みが終わるまでの十日間、私は家から出してもらえなかった。
出れたとしても必ず母が同伴してた。

冬子ちゃんに接触しないように見張られていたし、電話も使わせてもらえない。
まるで犯罪者にでもなった気分だったわ。

自宅に軟禁されてる十日間で進路について考えてた。
冬子ちゃんは有名大学に進学するって言ってたっけ。
そりゃそうよね。冬子ちゃんは将来、きっと凄い大人になるんだから。
こんな田舎で燻ってちゃ駄目よ。

それなら私もそうしようかしら。
県外の同じ大学に進学して家を出れば、私は自由になれる。
冬子ちゃんだってこの町を出て広い世界を知れば、私の気持ちだってきっと理解出来るようになるわ。

一瞬、頭の中は順調な将来を思い描いてお花畑になったけれど、現実はそうはいかない。
だって私には冬子ちゃんほどの学力も、教師達からの評価も無い。

その時にね、ふとある人物のことが脳裏をよぎったの。
そう、“棗くん”。
お父さんのことよ。

成績も周りからの評価も冬子ちゃんと同じくらい良かった。
女子からの人気も高くて、棗くんと話が出来るってだけで女子の間ではステータスだった。

私の高校三年生の生活の中で、人に誇れることは多分それだけだったわね。
棗くんは私のことを気に入っている。
他の女子の誰よりも。みんなの羨ましそうな目も理解していたわ。

だからね、私は棗くんに頑張ってもらおうと思ったのよ。
自分が冬子ちゃんの傍に居られなくても、目の届く場所に仲間が居るのと居ないのとでは全然違うじゃない?

思ったことは即行動がモットー。
すぐに棗くんの家に電話をかけた。
親にはバレなかったのかって?大丈夫よ。

夏休みも残り三日間になってた。
進路のことを考えてたからすっかり大人しくなってた私に、母ったら気を抜いてたのね。
リビングのソファで気持ち良さそうにお昼寝しちゃってた。

電話をかけたら棗くん本人が出てくれて、「あのね、あなたにお願いがあるの。」って、母を起こしてしまわないように声をひそめて話した。

棗くんは二つ返事で了承してくれた。
私の、冬子ちゃんへの想いも馬鹿にしなかった。

そういう変わったところも魅力的だよって、この人ったら言ったのよ。
ふふ。キザよねぇ。
私、最初からこの人のことを好きになってたら幸せになれたのかもって思ったけれど、冬子ちゃんのこともまだ諦めきれなかった。

スパイみたいだねって、棗くんは笑ってた。

棗くんの進路希望には最初から冬子ちゃんと同じ大学も入っていた。
深春は知っていると思うけど、…そう、日本でトップの大学よ。

ただ、お父さん、そこの大学を第一希望にするかは悩んでいたみたい。
そこに行ける可能性が十分にあるのに悩む人が居るんだって、私には不思議だったけれど、その人にはその人の人生があるんだものね。

でもお父さんはあっさり進路を決めて、またあっさりと二人とも合格しちゃった。
あぁ、自分とは住む世界が違う人達だなぁって思ったけれど、同じ世界に住む為に、私はこのことを計画したんだから。
後悔なんてしてない。