やわく、制服で隠して。

八月に入って、最初の水曜日。
その日の深春は先週からやっていた数学のドリルを広げていたけれど、全然進んでいなかった。

図書館に来てもうすぐ二時間。
十二時になろうとしている。
この二時間で深春が捲ったのは、多分一ページだけだ。

「深春?」

「ん?」

シャープペンを握ったまま顔を上げた深春は“普通”に見えた。

「どうしたの?」

「え?」

「体調悪い?」

「なんで?」

「んー、いつもより集中して無いかなって…って、ごめん。お前が言うなって感じだよね。」

深春は握っていたシャープペンを静かに置いた。
数学のドリルも閉じてしまって、私をジッと見ている。

気に障ることを言ってしまったのだろうか。
けれど私のその心配をすぐに掻き消すように、深春は話し始めた。

「分かったの。母さんと、まふゆのお母さんの秘密。」

深春は声をひそめて言った。
シャープペンを静かに置いて、私の顔をジッと見ていたのは、私に対して怒ったわけじゃないってことを示すのと同時に、深春のその言葉は一瞬で私達の空気感を凍り付かせた。

ドクン、と心臓が鳴る。
真実が分かることを待っていたけれど、その先を聞くのも怖い。

でも無かったことには出来ない。
壊れてしまった親子の関係を元に戻すことはもう出来ないかもしれないけれど、このまま何も知らずにただ距離を置いて生きていくことも出来ない。

私も握りしめていたシャープペンを置いて、広げていた作文用紙と読書感想文の題材にしていた小説を鞄に仕舞った。