反射的に私の体もビクッと強張る。
 那々実ちゃんは二歩だけ私に詰め寄って一言だけ。
 「・・・許さない」
 「・・・・・・!」
 「おい、那々実」
 「また、来るから。私、諦めない」
 それだけ言い残すと、那々実ちゃんはシェアハウスから飛び出していった。
 部屋の中は再び静寂につつまれる。
 そんな中、私の心臓だけはドクンドクンとせわしなく嫌ななり方で早鐘を鳴らしていた。
 『・・・許さない』
 ついさっき那々実が悔しさと悲しさの滲んだ目を向けて、私に言った言葉が脳裏にこびりついている。
 あそこまで言われるくらい、私とこの二人は不釣り合いなんだ・・・。
 二人の隣にいるだけで、私は誰かを傷つけてしまう。
 魁吏くんも言わないけど、本当なら私よりも那々実ちゃんみたいな子と付き合いたかったのかもしれない。
 その証拠に、現に魁吏くんは私の呼び方は『桃瀬』だけど那々実ちゃんの呼び方は『那々実』だった。
 もしその言葉で線引きされていたとしたら・・・?
 嫌な想像ばかりがぐるぐると頭の中を駆け巡って、耐えられなくなってギュッと目を瞑る。
 そうすると、(まぶた)の裏に那々実ちゃんのあの痛々しい、怒りに満ちた姿がよみがえってくる。
 やめて、その顔を私に向けないで。
 私が押しつぶされそうになっちゃうから・・・!
 目を開けても、閉じても状況は全然変わらない。
 私が誰かを傷つけたっていう現実はなくなったり消えたりしないんだ。
 「・・・・・・ん、・・・・・・やちゃん、絢ちゃん!」
 「!」
 晶くんに強めに体をゆすられて、私は勢いよく顔をあげた。
 知らない間にうずくまっていたみたいで、私の両腕は縮められた足を抱えている。
 私のことを呼んだ晶くんの顔は心配の色一色に染まっていた。
 ・・・ああ、いけないな。
 やっぱり、私がいたらみんなが笑えなくなっちゃう。
 「呼吸が早いし、いつもよりおかしな音をたててる。もしかして、過呼吸?」
 「俺、なんか袋探してくる」
 「絢ちゃん、大丈夫!?落ち着いて、息を吸ってみて」
 「・・・も、だいじょう、ぶ、だから」
 大丈夫なわけない。
 自分でも、自分の呼吸がおかしいことがわかる。
 魁吏くんが、どこからか紙袋を持ってきて私の口もとに押し付ける。
 紙袋特有の匂いが、鼻をかすめた。
 「ほら、桃瀬、ゆっくり」
 ああ、やめて・・・!
 桃瀬なんて、呼ばないで。
 ・・・私、最低だね。
 こんな状況でもそんなことばっかり考えているだなんて。