『喉へのキス』



「ねぇ,なんで?」



ずいっと私に顔を近づける私の彼氏。

その顔は必死で,私はただ困惑する。

まず,なんでと言うなら何がという情報を与えるべきだと思う。

ソファーに座る私は,壁ドンと同じ要領で逃げ道を塞ぐ彼を見た。

にらめっこのようにじっとその顔を見ると,どこか怒っているような,焦っているような,泣き出しそうな色があることに気がつく。

なんにせよ,分かりにくい。



ーはいはい,どうしたの?



ポンポンと背中を叩くと,彼は怒った顔をする。

そんなことは初めてで,私は少し不安になった。

そろそろと自分の手を回収すると,彼はその手をパシッと掴んで,私の目を見る。

その目がいつになく真剣で,いつもの可愛さがないことにドキリとした。

そんな場合ではないのに。



「こんなときまで子供扱いしないで。そんなに俺男として魅力ない? だから先輩とデートなんてしたの?」



掴まれた手首にギッと力が込められて,私は小さく声をあげる。

そして上手く回らない頭で,彼の言葉を反芻した。

は?
魅力? デート?
私は目が点になった。

やがて思い当たる事象に目をぱちぱちとしたとき。



「やっぱり,ほんとなの?」



何を勘違いしたのか,彼の瞳が戸惑いに揺れた。



「噂んなってるよ……俺の友達が見たって。結構人気の(ひと)と後輩のスキャンダルだって」

ーちがっ



流石に黙って聞いてられないと声をあげると,掴まれたままの手首がソファーに縫い付けられる。

その圧力と近づく彼にのけ反れば,それを読んでいたかのようにカリッと喉仏が噛まれた。

きゃっと悲鳴があげて身をよじれば,今度はそこにキスが落とされる。



「言い訳とか,聞きたくないっ」



勘違いとはいえ,私の事でこんなにも不安定になるなんて思わなかった。
 
私はこれまでとは逆に,敢えてぐっと自分から顔を近づける。
 
驚きと戸惑いで私から距離をとった彼。

そうして自由になった片手を使って私はぱちんと彼に猫だましをくらわせた。

彼は目をぎゅっと瞑って,片手で防御のような体勢をとる。



ー違うから,聞いて



やがてそろそろと目を開けた彼に,私は語気を強めていう。

彼はハッとしたように瞬いて,



「ん」



と返事をすると,私のとなりに座った。

私の肩に,甘えるように額を乗せる彼に,私もひとまずほっと息を吐いた。

彼のお友達とやらに見られたと思われる日,私は“1人で”雑貨屋に行った。

ー目の前の彼が,長年お気に入りだったシャーペンが壊れたと落ち込んでいたのを知っていたから。

そしたら可愛い雑貨の前に,知っている先輩がいて,私は声をかけた。

その人は高校伝説になるくらい滅多に起動しない部活の先輩で,その部活もほとんど知られていない。

だからこそ高校伝説となっていて,それを知らない人が噂立てたのだろう。

先輩はいつの間にか出来ていた彼女にプレゼントを選んでいただけ。
私はその先輩に挨拶をしていただけ。

確かに可愛い雑貨の前で談笑する様は,誤解されても仕方ないような気がする。



「……ごめんね」



掠れた声が聞こえて,私は苦しくなった。

そんな反省しなくていい。
だからそんな声出さないで。

私は喉の奥でそう思う。



ー大事にしてたシャーペンの代わりにはならないと思うけど,後で受け取ってくれる?

「うん。もちろん。寧ろほしい。代わりにするにはもったいないよ」



彼の返事にはにかんで返せば,彼もほっとした顔になる。



ーあのね,背中ポンポンしたのは,子供扱いしたんじゃないよ



静かに語りかければ,彼も聞いてくれる。



ー何かあったなら慰めたいと思っただけなの。その,私は彼女だから。付き合いたいって思うんだから,魅力がないとも思わないよ

「うん……ねぇ」

ーなに?

「きすしたい」

ーえ!? だっだめ!



ほとんど反射で,私はあっと思う。

恥ずかしくて自分で断ったのに,残念とか……



ーあっあとでね



そんな言葉でごまかすと



「うん。待ってる」



そう言って彼はふわりと笑った。

人生時にはすれ違うこともあるけど,私達は今日も仲良しです。


 ー『相手への強い欲求』(自分だけのものに·離したくないの意)