『足の指先へのキス』



ーいっ



急激な痛みに,顔をしかめた夕方。

それは彼氏とのデート中。

優しくて私のことには何よりも敏感な彼は,すぐに反応した。



「どうした?!」

ーあー…大丈夫。たぶん靴擦れだわこの感じ。



新しい靴だったから合わなかったのかも…家出たときは大丈夫だったのに…。



「どこ?」

ー親指と踵…かな?



他にもあるかもしれないけど。



「今日持ってたかな~」



私の答えを聞いて彼は少し考えると,ポッケやら鞄やらをなにやらごそごそとまさぐった。



「あっ…あったあった」



彼はどや顔を決めると,彼が探していた目的のものを取り出す。



ー絆創膏? もしかしていつも持ち歩いてるの?!



私もたまに持ってるけど,こんなちょっとした外出の時には持ってない。



「? そうだよ? 君が怪我したら大変でしょ?」



私のため……

私は当たり前みたいな顔して応える彼を前に,ガクリと肩を落とした。

前々から思っていたけど,彼は少し私に対して過保護すぎる。



「はいっじゃあベンチ座ろっか」

ーうん。ありがと



彼は私を支えるように腕をとって,近くのベンチへ先導した。

それに甘えてベンチにたどり着くと,私は彼に右手を出す。



「だ~め。足だとやりずらいでしょ? それでなくてもスカートなのに」

ーそっ…か。そうだね。お願いしてもいい?

「もちろん」



さすがにこんな人のいるところで彼が何かするとも思えない。

代わりに貼ってくれると言う彼の言葉に,私は甘えることにした。



「どっちの足?」

ー右

「左は?」

ー痛いけど,傷とかじゃないと思う



ぺりぺりと言う音を聴きながら,私は彼の質問に答える。

そしてそうしているうちに気づいた。

これ…思ったより恥ずかしくない?

意識すると,途端に周りの視線やらなんやらが気になり出す。

そして…



「あれ…どうしたの?」



そわそわしていると,頬を赤らめ目を泳がす私に,彼は気付いてしまった。



ーなっなんでもない



私が自分でも驚くほどの声で言うと,彼は面白そうに笑う。



「何? もしかして恥ずかしくなったの? こんなの家ではいつものことじゃん」



私を見てくすくすと笑った彼は,わざとらしく私の足を持ち上げた。



ーあれはっ,あんたが勝手に…

「んー? そうだっけ? まぁまぁ,その辺は置いといて」



置いとくな!

私がキーッと怒れば,彼は私を宥める。



「あーほんと可愛いなぁ。俺にはもったいないくらいだ……まぁ,だからと言って手放したりしないけど」



外でまで彼が何かすると思っていなかった私は,完全に油断していたのだ。

彼は,今も多少感じる人目をなんとも思わずに,私の親指にキスをした。

それも,血の出ているその指に。

咄嗟の事で理解できず,痛みだけに反応して身をよじれば,彼はその間に絆創膏をペタッと張り付ける。



「はいっでーきた! ほら,帰ろう? 家近いし,ここにいるよりはすぐ治るんじゃないかな」

ーそうだね! 帰ろう! 今すぐに!



治るとか治らないとかじゃない。
周りの視線が痛いのだ。
彼が格好いいから尚更。

私は痛みをこらえながらも,出きるだけ早くという気持ちで彼に支えられながら,急いで家路についたのだった。


              ー『崇拝心』