『耳へのキス』


ー~♪



彼氏の留守を任された私。

一緒に食べる約束をしていたから,夕飯くらい先に作っていてあげようとキッチンに立っていた。

今作っているのは肉じゃが。

昔から手料理と言えば……と1度は聞いたことがあるであろうこの料理。

彼も聞いたことがあったようで,彼女に作って貰うのが夢だったらしい。

可愛いところがある。

彼の顔を思い浮かべ,思わずくすっと笑みがこぼれた。

そして,それを叶えられるのが自分だけであることに幸せを感じる。



ー~♪



鼻歌混じりににんじんやらなんやらを切り終え,炒め,砂糖やら水やら調味料やらを追加し,蓋をする。

結構めんどくさい。

1人ならまずやらないと思う。

そして煮込みも終えた頃,私は鼻歌を再開して,蓋を開けた。



ーん~っ。いんじゃない? 美味しいよ,私!



具に箸が通ることを確認して,パクっと口に入れると,私は頬に手を当てる。



「クスッ楽しそうだね……鼻歌のあとにその笑顔,可愛いすぎ」



突然降ってきた声に,私は息も忘れて固まる。

いつ,帰ってきたの……

廊下に続くリビングのドアの前には,待ちわびていた彼が立っていた。

そしてゆったりとした足取りでキッチンにやってくる。

聞かれた!? 私の下手くそな鼻歌?
その後のテンション高めの独り言も?

恥ずかしさで死にたくなって顔を覆うと,その手は彼によって剥がされた。



「あ~あ,こんなに顔赤くして。しかも作ってたのは肉じゃが? なにそれ可愛すぎでしょ」



背の高い彼は,ゆっくりと私を囲むように,私の腰の辺りで指を組む。

私がおずおずと見上げると,彼はスッと私の耳元に近づいて



「……お腹空いてきた。もらっても,い?」



と低くて甘い声で囁いた。

彼の唇が微かに私の耳たぶに触れる。

私は驚いてピクリと肩を震わせた。

この状況で何をと聞いてはきっとわたしの負け。

何が,かは分からないけれど,そんな気がする。

えっえっと私がアワアワしている隙に,今度は私の腰に回っていた腕はするするとほどけていく。

そして彼は,片手で私の指に指を絡めて私の気を引くと,少し上目使いになる。



「だめなの?」



甘く妖艶な笑み。

断られるとはハナから思っていないけど,それでも全力でかかってきているような。

私は視線をさまよわせると,観念してコクリと頷いた。

指をからめられた手にきゅっと力を加えると,それだけで彼に伝わる。

そして彼は良かったと言わんばかりの表情で笑った。

……分かってたくせに。

彼の唇が触れた耳たぶが,はやる心臓に比例して,じんじんと熱くなった。


           ー『性的な誘惑。』