「君は一体、何を失ったの?」
「え……?」

 シアンの云う「同じ眼」が、タラの眼の奥底までも見通そうと貫いた気がして、彼女は一瞬たじろいてしまった。

「そ、れは……アナタが何かを失った、ということなの?」

 僅かに震える唇が尋ねる。

「もうずっと昔のことだし、同じ境遇の子供なんて五万と居るのだろうけど……六歳の時に交通事故で両親を亡くしたんだ。その後は伯父が引き取ってくれて、息子である従兄(いとこ)と同等に育ててくれた。だけどまぁかなり厳格な家でね~! もちろん養ってもらった身だから、従順にこなしたつもりだよ。だからこそ、成人してからはとにかく自分の好きなことをやった。お陰で軽薄そうに見えるかも知れないけれど?」

 シアンは過去を振り返りながら、それらを浮かべて様々な表情を見せた。最後に(かたど)った悪戯っ子のような(おもて)で、戸惑い気味のタラにおどけた目配せを一つ投げた。

「だから、さ? 同じ痛みを持った者同士なら、お互い解消出来ると思わない?」
「傷を舐め合うなんて、そんなにワタシ後ろ向きじゃないわヨ?」

 少々不服な様子でグラスを傾ける。タラは口元をヘの字にしたまま再び正面を見詰めた。

「僕だってネガティブには見えないだろ? 舐め合うんじゃなくて、上書きし合えばいいんだよ」
「……上書き?」

 おもむろに戻す彼への視線。

「そう。君の心のノートはもう、失った過去で沢山書き込まれてる。それはきっとインクが()みて消えることはない。でもその上に違う色で書き綴れば……そのペンに僕がなれない? シアン色も悪くはないと思うけど?」
「アナタって、随分とキザなのネ」

 今一度空にしたグラスを置き放して、タラは丸太の上で膝を抱え込んだ。

「ワタシは失ったんじゃないわ……自分で壊したのヨ」

 見える足先の向こうで、海の照り返しを受けた石が鈍く光った。

「でも……後悔はしてないんだろ?」

 膝に頬を預け、問い掛けたシアンの瞳に無言で頷いてみせる。

 七年前、深い森での闘い。ラヴェル達のとどめで、きっと事は足りたに違いない。それでも『彼』の背に(やいば)を向けたのは、自分が止めるべきだと思ったからだ。操っていた筈のザイーダの黄色い眼、それを宿してしまった狂った『彼』を、最期にせめて正気に戻してあげたかった。