残念ながら商業都市のマルセイユには、観光名所は限られている。丘の上に立つノートルダム・ド・ラ・ガルド教会。港外の流刑島シャトー・ディフ。そんな数少ない中でも、唯一タラの気晴らしになりそうな景勝地は、南東部の海岸線一帯を占めるカランクと呼ばれる入り江だった。

 白い石灰岩の断崖絶壁が幾つも連なる中を、根を張った松の緑と海の碧さが映える。タラは宿の主人に其処までの行き方とお勧めのレストランを訊き、バスの窓から見える煌めく海原を楽しんだ。

 教えてもらったシーフード・レストランは、降りたバス停から数分ほど海沿いを歩いた先に在った。切り立った崖ギリギリに建っているので、テラスからはカランクが眼下に一望出来る。平日のお陰かお昼時でも空いていて、笑顔の優しそうな若いウェイターが、一番見晴らしの良い席に案内してくれた。

 ──今日は一日何もしないと決めたのだから、もう呑んじゃおうかしら。

 タラはアルコール・メニューに視線を巡らせて、ウェイターに問い掛けた。

「お勧めの食前酒(アペリティフ)は?」
「この街が誇る『パスティス・ド・マルセイユ』の水割りなどはいかがでしょう? アニスが強めですので、お嫌いでなければですが」
「ではそれを。前菜(オードブル)はシーフードをメインに適当にお願いするわ」
「かしこまりました」