それからしばらくツパイとあたしは吹き始めた風を受け流しながら、そよぐ紫色の波と薫りを心から楽しんでいた。

「ユスリハはミルモに話していなかったのですね……」
「ん? 何を?」

 突然開かれたツパイの口元と、そこから現れた言葉に首を(かし)げる。強くなってきた風が一瞬ツパイの伏せた瞼をちらつかせた気がした。

「貴女のご両親が既に亡くなっていることをです」
「ああ……そのこと」

 少し照れ臭く思いながら、目の前の両膝を抱え込んだ。足先に視線を落とし、ゆっくりと告げた。

「そんなことで同情票を得てもなぁって……それにあたしには祖父が居たから。独りぼっちになってしまった訳ではなかったから……」
「そうですか……」

 そこで斜め下から昨日のおじさんの呼び声が聞こえてきた。あたしは立ち上がり大きく腕を振って、ツパイを連れ立ちおじさんの許へ駆けていった。

「やあやあ遅れて悪かったね。おや、今日はワンちゃんの代わりに弟クンかい?」
「ツパイと申します、おじさん。今日はお世話になります」

 おじさんの言葉に慌てて訂正しようと開けた口元から、声が出る前にツパイはそれを受け入れた挨拶をした。……いいんだ? ──『弟』のまんまで。

「それじゃあ、籠は此処へ置いておくよ。鎌と切り鋏は扱い易い方を使っておくれ。悪いが摘んだ花は後で見せてくれるかい? 売り物として出せる物だけお代を頂くってことで……それ以外は約束通りタダであげるよ」
「ありがとうございます! おじさん」

 あたしは早速籠を背負い道具を手にして、ツパイと共に木々の間を走る通路へと入っていった。まだまだどれも沢山の房を付けている。薫りもとても豊潤で、まるで紫色の(もや)の中を彷徨(さまよ)っているようだった。

「三家系の乙女には共通の唄があるのをご存知ですか?」
「唄?」

 後ろからツパイが問い掛けて、あたしは歩みを止め振り返った。

「花摘みの唄です。ラヴェンダーを摘む時には必ずそれを歌うのが習わしなのですよ」
「花摘みの唄……」

 するとツパイが面映(おもは)ゆそうに小さく歌い出した。やがてそれは、いつもの抑揚のない言葉遣いからは想像出来ない、朗々とした歌声になった。