『あの日を,私はとてもよく憶えています。私はまだ,そこまで大人ではなくて,大好きなお兄ちゃんが,何の生気もない状態でいきなり帰宅しました。驚いて駆け寄れば,堰を切ったように泣き出して,私を抱き締めて言いました。「だめだった」って。私は兄に彼女がいることも知っていたし,兄がその人に首ったけなのも知っていて,尚且つそんな知らない彼女と2人の話を聞くのが大好きでした。けれど,流石に中学に上がっていた私も,兄の様子と言葉を聞いて,フラれたのだと理解しました。そうして仕方ないと慰めていると,兄は全部を話してくれました。澪さんへの気持ちも思い出も出来事も,何もかも。そして,私は認識を改めました。兄はフラれたのではなく,捨てられたのだと。ただフラれたのなら2人の問題。けれど,捨てられたのであれば,私も怒りを覚えます。なにせ,たった1人の優しくて大事な兄ですから。私はあなたを知った今でも,あの仕打ちはないと思っています。ですが,もう,怒ってはいません。なぜと思う気持ちはありますが,澪さんには澪さんの事情があったのだと思っています。兄はあの日,あなたが悩んでいたと言っていましたし,私もあなたが故意に兄を傷つけたのではないと信じています。私は一言一句,全てを憶えているんです。だからこそ言います。あれから兄は,1度も他の女性に目を向けていません。それは,あなたの存在が大きく残っているからです。お家へお礼へと向かった日のような兄は,はじめてみました。兄は本気で澪さんを好きでいます。ずっと。だから,だから,罪悪感も何もかも取り払って,少しで良いからお兄ちゃんを見てあげて。きっと,元々の2人は,あんな空気で話してなどいなかったんでしょう? もっと純粋な何かがあったんでしょう? 付き合っていたような2人です,きっとやり直せるはずなんです。お願い。兄は澪さんの罪悪感なんて求めてない。謝罪もなにも。だから最初から無しじゃなくて,少しで良いから,少しだけ,お兄ちゃんのことも考えてあげて…!』



