苗字が横井(よこい)から此花に変わったのは、父が出て行ってすぐのことだった。
学校の学習プリントを配られる度、「よこいなな」と記入してしまい、小さかった消しゴムがすぐになくなった。

母の様子が明らかに変化したのもこの時期だ。
それまでは父と喧嘩こそするけれど、私に対して怒鳴ることはなかったし、むしろ笑って話を聞いてくれることだって少なくなかった。

あのクリスマスを迎えてから、母はよく家を空けるようになった。
それが私を養うため、生活をしていくためだとは分かっている。だから文句なんて言えなかった。否、文句は実際言ってしまった。


「いかないで! お母さん、いかないでよ!」


父を失って打ちのめされている母に。仕事で疲れ切っている母に。
腕に抱きついて泣き叫んでいると、母はとうとう私を振り払って大声を上げた。


「ぴーぴー泣かないでよ! こっちは寝不足と二日酔いで頭痛いんだから!」


初めて母に本気で怒鳴られた。躾でも注意でも何でもない、ただの感情をぶつけられた。
赤い唇に濃く長い睫毛、母が「女の人」に見えた瞬間。今でもはっきり思い出せるほど脳に刻み込まれている。