ハロー、愛しのインスタントヒーロー



私の手の上に重なる絢斗の手が、少しだけ怯えている。


「会いに行けなかったんだ。行っちゃダメだって言われて……」


思わず彼の顔を見やった。絢斗は目を伏せていて、その表情には珍しく煮え切らない陰りが潜んでいる。

胸が、心臓がざわついていた。


「誰に?」


私の好奇心が猫を殺す。どこかで野良猫が死んでいるかもしれない。


「――沙織ちゃん」


聞こえた名前も、彼の唇の動きも、それが事実だと言っていた。
ゆっくりと頭の中で咀嚼してから当たり障りのない相槌を打とうとして、声が出ないことに気が付く。


「もともとは、ただの引っ越しの予定だったんだ。そこまで遠いところに行くはずじゃなかった。奈々ちゃんにもすぐ会えると思ってて……いっつも僕ばっかり泣いててかっこ悪いから、引っ越しの時、あの時だけは泣かないぞって、奈々ちゃんにかっこいいところ見せようって」


別れの際、妙にあっさりとしていた彼。確かに考えてみればおかしい。
絢斗は私と離れることになっても寂しくも悲しくもないんだ、と当時は思っていたし、離れた事実よりもそのことの方が精神的にくるものがあった。


「だから、引っ越しが終わったらすぐに奈々ちゃんに会いに行って、驚かせようと思ったんだ。本当に、また、すぐに会いに行くつもりだったんだよ」