顔を赤らめて主張する絢斗に、純粋な呆れを伴った日比野くんの問いが投げかけられた。
そこに関しては私も同感だ。私の下着を見ても一切恥ずかしがったり照れたりしなかったのに、なぜキスでそうなる。
「だ、だって、前のはフリだって分かってたし……でもさっきのキス、は、ほんとにいきなりで……しずかくんが、奈々ちゃんのこと好きだからしたのかなって、思ったから」
「はあ?」
お腹の底から出したような声で、日比野くんが顔をしかめる。
「まじで何なのお前。どこまでいっても“ななちゃん”かよ」
やってらんないわ、と肩をすくめた彼はゆっくり立ち上がった。つと私に視線を寄越し、ふてくされたように呟く。
「俺、帰るけど」
「あ、うん、……えっと、ごめん」
「俺のこと、警察に突き出さなくていいの?」
警察という単語に頭が冴え返る。
確かに彼のしようとしていたことは、普通ならそれぐらいの重罪だ。しかし未遂に終わったし、ドアが開かなかったとしても、日比野くんは遂行せずに手を引いたのではないだろうか。
誰よりも傷つけられる痛みを知っている彼なら、きっとそうだ。
「まあ、セクシーな奈々ちゃんはこんなの日常茶飯事だから」
小首を傾げてみせれば、相手が苦笑する。
「悪かったよ」
彼の静かな瞳に激情はもういない。
ドアの外は晴れていて、日比野くんの背中はその光に紛れてやがて見えなくなった。



