刹那、心臓がちりついた。僅かな痛みが喉を伝ってせり上がってくる。
「今この人と付き合ってる。だから、もうあんたと二人で会うとかできない」
もっとすっきりすると思っていた。絢斗が驚いて傷つく顔を見て、ざまあみろ、私を悲しませた罰が当たったんだ、と清々しい気持ちになると思っていた。
なぜだろう。見られない。目を見開いた絢斗の表情が頭に焼き付いている。彼の傷ついたような顔に、なぜか胸の一番奥が抉られていた。
「……嘘だ。だって、こないだ彼氏じゃないって」
「彼氏だよ。付き合ってる。分かったら、早く行って」
悲しまないで。私が悪いみたいになる。私のことでいちいち喜んだり傷ついたり、惜しみなく感情を受け渡してくる絢斗が、大嫌いだ。そのぶん、私も返さなくちゃいけないって、そう思わせてくるから、大嫌いだ。
私はあんたを大切になんてしないよ。だからもう諦めて欲しい。心の温かい部分に、もう私を含めないで欲しい。
「ばいばい。絢斗」
『ばいばい。あやちゃん』
絢斗がこの町からいなくなった日、背中を見送ったのは私の方だった。
後ろ姿を眺めるのは、苦しくて辛い。だから今日は間違えない。先に手放して、先に背を向ける。
ドアの開閉音がして、足音が遠ざかっていった。それを、ベージュの壁をぼうっと見つめながら聞いていた。
「あーあ、行っちゃった。案外あっさりっていうか、物分かりいいんだね」



