ハロー、愛しのインスタントヒーロー



下から私を見上げ、試すように彼が首を傾げる。そのまま続けた。


「ヒント。新学期が始まったばかりで、いま生徒会はてんやわんやです。庶務係の手が足りていません」


庶務ってつまり、雑用じゃないの。
胸中でそう零し、私は渋々口を開いた。


「……分かった。生徒会の仕事手伝うから、こっちの頼みもきいてよ」


日比野くんが姿勢を正す。


「交渉成立だね。じゃあ早速、この資料のホチキス止めお願いできるかな」


本当に早速だな、と思いつつ、彼が顎で指し示した紙の山を見やる。

正直、少し意外だった。確かに雑用は面倒だけれど、この程度で彼氏のふりを引き受けてくれるとは。もっと無理難題を押し付けてくるのかと思っていた。

お世辞にも性格がいいとは言えないにしろ、やはり日比野くんに頼んで正解だったのかもしれない。
だって、彼の目はどこまでも冷たくて、何をどう間違えても私に好意を持つようなことは起こりえないと断言できる。それが安心材料であり、彼に頼もうと思った一つの大きな理由でもあった。


「ねえ、奈々ちゃん」

「別にここで恋人ごっこしなくてもいいんだけど」

「練習練習。……ねえ、例のストーカー、なんて名前?」

「暮町絢斗」

「ふうん」


聞き返してくることもなければ、反芻もせず。名前なんか聞いてどうするのだろう。
彼の顔がほんの一瞬、強張ったような気がした。