「分かった。じゃあ本当にそれで進めるからな」


返事もろくにせずただ頷いた私を、佐々木先生は咎めなかった。母に勝手に電話を掛けた先生も先生だから、おあいこだと思う。

授業が全て終わった後、職員室に寄った。

この二日間、色々考えることがあったけれど、将来についての答えはなんら変わらない。
私は母から離れるべきだった。切り捨てるものは母そのものというよりも、過去へのしがらみと、その延長線上にある未来への期待だ。


「失礼しました」


浅く頭を下げて職員室を後にする。

重たい鞄の中身は教科書という名の知識だ。もう自分には必要のない、価値のないものに成り下がってしまった。社会に出るというのは、多分そういうことだ。

学校を出ると同時にスマホを手に取り、何の着信も連絡もない画面を見つめる。


『奈々ちゃん。僕、帰るね』


胸の奥が妙にざわついていた。自分の内側はずっと騒がしいのに、周りは静かなまま、時間だけが過ぎ去っていく。

バスを降りて家の最寄り駅に着いても、絢斗が大声で私を呼びながら駆け寄ってくるなんてことはなかった。
呆気なく家に着いて日が暮れて、夜がやって来る。寝ようとしても目が冴えてしまってどうしようもない。

掛け布団を頭まで被ろうとした時、スマホが着信音を伴って震えた。