ゆっくり目を伏せた彼は、だらしなく緩めていた表情をしまって、寂しそうに微笑む。
「ごめんね。久しぶり、奈々ちゃん」
今更、聞きたくない。謝罪もいらない。謝られたら許さなきゃいけなくなる。
私の名前を呼ばないで欲しい。会いに来ないで欲しい。だって、私は会いたくなかった。
あの時、行かないでと言ったのにいなくなった。いま、来ないでと思っていたのに現れた。
全部、ずっと、勝手なのだ。この男は、この人は、優しい顔をして全然優しくなんてない。
「……そこどいて。学校行くから」
軽く彼の体を押し退けようとして、びくともしないことに気が付く。
歴然とした力の違いを実感し、同時にその空白の時間を思い知った。もう目の前にいる人は別人なのだ。私がそうなったように、彼もきっとそう。
絢斗が自ら後ろに下がる。それが悔しくて、地面を見つめたまま彼の横を過ぎた。
「ねえ、奈々ちゃん。駅まで一緒に行こうよ。学校違うけど、そこまでは一緒にいられるよね?」
背後から追い縋る声が飛んでくる。また私の後ろをついてくる気だ。
無視して歩くスピードを上げても、絢斗はすんなりと私の横に並んでしまった。
腹が立つ。気に食わない。この男の何もかもが。
私がバスに乗り込む直前、いってらっしゃい、と手を振る彼から目を背け、耳にイヤホンを差し込んだ。



