あまりにも呆気なく、あっさりと、通話口の向こうで相手が名乗る。
音の始まりが少し上擦る喋り方。横井。ああ、間違いない。
「……お父、」
「どちら様ですか?」
ドチラサマデスカ。
事務的な響きの問いは、何の温度も含んでいなかった。特別冷たいわけでも、興味を持っているわけでもなく、ただ産み落とされた文字の羅列のように。
好きの反対は嫌いじゃない、無関心だ。よくそう言われるけれど、ここまでニュートラルな声色を差し向けられるとは思わず、言葉に詰まる。
沈黙の最中、街の雑踏が聞こえた。
パトカーがサイレンを鳴らしながら通り過ぎていく。――電話越しで、全く同じサイレンが鳴っている。
「あの、いたずら電話なら切りますけど」
少し苛立った様子で急かされ、口を開きかけた時だった。
「あ……」
十メートルほど先、電話をしながら早足で広場を突っ切っていく影が一つ。
「お父さ、」
そこで通話は切れた。
お父さん、ともう一度声を出さずに呟く。相手には聞こえなくて良かったのかもしれない。
不通音に落ち込んでいる暇なんてなかった。通り過ぎていった背中を反射的に追いかける。
絶対に、行くべきではない。引き返せ、と自分の中の理性が暴れている。
理解しているのとそれを実行に移せるのとは、別の話だ。



