ハロー、愛しのインスタントヒーロー




絢斗の家から逃げ帰るようにしてアパートの玄関ドアを開けると、珍しく母の靴があった。今日は仕事が休みだったようだ。

どうせ寝ているんだろう。起こすと機嫌が悪くなるので、物音を立てないように気を付けながらリビングに足を踏み入れる。


「奈々」

「うわっ」


途端、母が待ち構えていたかのように顔を出した。
冗談抜きで心臓が飛び出そうになり、後ろへ仰け反る。


「何、その反応。やましいことでもあるわけ?」

「いや……急に出てきたらびっくりするでしょ」


至極真っ当な理由で反論した私に、母が黙ってクッションの上に腰を下ろす。そのまま煙草を一本取り出しライターに指をかけたところで、彼女は思いとどまった。

不自然な沈黙に耐え切れず、今度は私から話を投げかける。


「起きてるの珍しくない? いつもなら寝てるのに」

「……電話で起きた。さっき、あんたの担任から」

「は、」


佐々木先生からの電話。そんなの、用件は今日話していた進路のことしか考えられない。
行動が早すぎる。何日か待ってくれたって良かったのに。これでは強制的に母と話さざるを得ないではないか。


「あんた、卒業したら働くつもりなの?」