OL 万千湖さんのささやかなる野望

「以前、この店で相席になった人なんだけど」

 チラと瑠美はカラフルな熱帯魚の水槽を囲んで、ぐるっと円形のカウンターのようになっている場所を見る。

「私がナイフを落としたら、さっと拾ってくれて。
 店員さんを呼んで、代わりのナイフをもらってくれて。

 すみませんって言ったら、いえいえって微笑んで、そのまま食事して出て行ったの。

 で、昨日、この近くのバス停でまたバッタリ会ったんだけど。

 私が、あっ、て顔したら、向こうも覚えててくれたみたいで。

『あのときの……』
 って言って、微笑んでくれて。

 ……出会ったの、それだけなんだけど。
 何度もその人の笑顔を思い出しちゃって」

「恋のはじまりっぽいですね」
と万千湖が言うと、

「そうね。
 万千湖にすら、わかるほどの恋のはじまりっぽい感じね」
と安江が言う。

「その人、既婚者なの?」
と雁夜が訊いた。

 禁断の恋だと言ったからだろう。