「よろしくお願いします!」

「よし!さあ来なさい」

「パンッ!パンッ!パパンっ!」

良い音に、思わず皆んなが目を向ける。
ここは、『山吹キックボクシング』ジム。

笹原千佳がここに通い始めてもう半年。
人妻とは言え、美人の入会により、いつしか会員が増えていた。

不定期ではあるが、平日の午後は、このジムに通っていたのである。

「パンッ!バンッ!バンッ!」

「ん?」
キックを受けながら、ふと、オーナーの山吹聡(さとし)が異変に気づく。

「ちょ、ちょっとストップ、ストップ!」

その声にやっと気付いた千佳。
足につけているサポーターから、血が滲みでていた。

「千佳さん、無理しちゃダメですよ」

容体を見ようと矢吹が手を伸ばす。
咄嗟に下がる千佳。

「すみません。昨夜自宅で練習しててつい」

「熱心なのはいいが、体傷めちゃあ行けねぇ」

周りの皆んなも、おもわず手を止め、その光景を見ていた。

「こらこら、見とれてないで、千佳さんくらい気合い入れてやりなさい!」

「あの…時間なので、私あがります。シャワー借りてもよろしいですか?」

クーラーで、良く冷えた室内。
千佳だけは汗だくであった。

「あ、ああ。いつも通り安心してどうぞ」

「ありがとうございました」

(よほど、家庭でストレスが溜まってるのだろう。かわいそうに…)

事実、家庭でのストレス発散のため通っている若い専業主婦や、会社でのストレス発散に通うサラリーマンも多いのである。



服を着替えて、その足で最近オープンした大曽根にあるモールへ寄る千佳。
そのモールの一階には、この地区最大級の鮮魚コーナーがあり、各地から取り寄せた新鮮な海の幸が並び、人気を呼んでいた。

あれこれと、慣れない広いフロアを見ているうちに、時計は17:00になろうとしていた。

館内放送が流れる。

「ただいま、大雨雷警報が発令されました。お帰りのお客様は、十分お気をつけてお帰りください」

ある意味夏の特徴でもある「夕立」。
しかし、近年のそれは、「局地的豪雨」に名前を変えていたのである。