「……いえ、忙しくてちょっと丸一日ほど何も食べてなかっただけで、普段はちゃんと食べてるんですよ」

「丸一日!?」

 と言われて、責められる。と思ったのに、

「お疲れ様でした。大変だったんですね」

 と労われた。
 不覚にも、その言葉が心に染みる。

「あ、そうだ薬。飲まなくて大丈夫ですか?」

 とまたおでこに手を当てられる。

「微熱がまだあるかな? また上がると辛いので、もう一度飲んでおくと良いかも。いや、でも下がっているといえば下がっているから普通の風邪薬のが良いのかな?」

 昨日買ってきてくれた袋から、何種類かの薬が取り出される。
 優しい人だなと思う。
 良い人なんだろうな、とも。
 並べられた中から一つ総合感冒薬を取り上げた。

「ありがとうございます。これにします」

 渡された水でゴクリと流し込む。寝るのが一番だと思うけど、ないよりマシだろう。ていうか、今日中になんとしても治して明日は仕事しなきゃだし。
 明日は日曜日。外来がない分ゆっくりできる予定だ。……ゆっくりできると良いなぁ。
 なぜかやけに眠い。薬が効くには早すぎるけど、多分、そういうことじゃなくて本当に疲れているのだろう。

「……えっと、すみません。ちょっと寝ても良いですか?」

 言いながら、もうベッドに上がってしまう。

「もちろん。すみませんでした、長話をしてしまって」

 しまったという顔が、やけに可愛かった。
 六歳も年上の人に可愛いとか、ないか。ああ、でもそうだ。犬っぽいんだ。
 そして、可愛いとか感じたいもう一つの理由に思い当たる。自分の呼称が途中で『私』から『僕』に変わったんだ。それから、私の呼び方がいつの間にか『若園先生』から『響子さん』に変わっていた。

「おやすみなさい」

 目を閉じると、懐かしいその言葉が降ってきた。それから、頭を撫でられて、布団を首元まで上げられる。
 両親と暮らしていた頃を思い出して目頭が熱くなる。
 おやすみなさい、と応じられたのか、頭の中だけで言ったのかは覚えていない。ただ、寝入り際、トントンとリズムよく胸元からお腹の辺りを叩いてもらいながら、気がつくと私はまた眠りに落ちていた。