(株)リトゥリと三友コーポレ-ションが新モールへの出店に合意し、正式に契約を交わしたのは、それから1週間後のことだった。


営業本部長である常務、更には村田店舗開発室長のお伴で、担当者として契約締結の場に臨んだ友紀は、さすがに胸に熱いものがこみ上げて来るのを抑えることは出来なかった。


「杉浦さん、ご苦労だった。」


全てが終わり、改めて常務から直接ねぎらわれ


「いやぁ、まさしく杉浦さんは我が開発室の次代を担う若きエースです。」


村田の歯の浮くようなお世辞も耳にし、友紀は恥ずかしそうに頭を下げた。


そして今、友紀はひとり、電車に揺られていた。さっきまで、一緒にいた同僚たちと別れ、家路についた友紀。


短期間の間に、2件の新規出店契約を成立させた友紀を、彼らは大いに祝い、そして称えてくれた。


「杉浦先輩、ずっと付いていきます。これからもよろしくお願いします。」


漆原はおどけ半分ではあったが、そう言って頭を下げて来たし


「友紀がどんどん遠くなって行くなぁ。私も負けないように頑張んないと。」


先輩の葉那にそんなことを言われ、照れ臭かったが、嬉しくもあった。


ただ


(滝次長がいらっしゃらなかったら、私は何も出来なかった。ううん、それ以前に、営業に転身すらしてなかったんだから・・・。)


そんな思いが胸をよぎる。


そして今、友紀の横には誰もいない。同僚たちの祝福は、確かに嬉しかったが、その中に滝の姿はなかった。


着任以来、自分の歓迎会すら断り、いわゆるアフター5の付き合いに全く見向きもしない滝の不在を、同僚たちは当たり前のように受け止めていたが、友紀は知っている。


滝が元妻である紀藤明奈と会い、契約成立を祝い、今頃ふたりで祝杯をあげているに違いないことを。


滝と明奈がかつて婚姻関係にあった事実を、実は友紀ははっきりとは、どちらからも聞いていない。


しかし、ふたりの言動から、それはまず間違いない。そして、そのふたりの結婚生活が、なぜ破綻したのか、それも本人たちから直接ではないが、聞いている。


自分が聞いていることが事実だとすれば、滝がなぜ、かつて自らを手酷く裏切った女性と、今また親密に逢瀬を重ねているのか、友紀には、全く理解出来ない。


「俺は人を愛することにも、信じることにも疲れた。」


自分が好意を告白した時、滝はそう言って、その思いを受け入れてはくれなかった。


そんな悲しいことを口にするまでに、彼を傷付けたのは、間違いなく明奈のはずなのに・・・。


(私にはわからない。私より、そんな人の方が、やっぱり次長にとっては大切なんだね・・・。)


友紀の瞳から、涙が流れ落ちる。


(寂しい、そして悔しい・・・。)


大切な仕事をやり遂げた日だというのに、友紀の心は、重く沈んでいた。