翌日、懸命に資料作りを続ける友紀を尻目に、滝は珍しく、早めにオフィスを後にした。


自宅に向かう電車に乗った彼は、しかし途中下車をすると、とあるカフェに入って行った。中に入り、周囲を見回すと、自分に手を振っている女性が目に入る。その姿を見て、表情を固くした滝は、それでも彼女に座るテーブルに向かって、歩み出す。


「待ったか?」


「ううん、私もちょっと前に来たところ。」


あくまで無表情な滝とは対照的に、笑顔で答える女性は・・・紀藤明奈だった。


「デートみたいな会話だね。」


「バカなことを言うな。こちらがオファーしたから、気を遣っただけだ。」


ぶっきらぼうにそう言うと、滝は明奈の前に腰を下ろす。


「今日は、今やリトゥリさんの店舗開発室を32歳の若さで、事実上背負ってらっしゃる滝次長様からお誘いいただき、大変光栄です、ありがとうございます。」


「ふざけてるのか?仕事の件で時間が欲しいと頼んだら、この時間しか空いてないからと、譲らなかったのはそっちだろう。」


「そりゃ、どんな理由にしろ、あなたの方から誘ってくれるなんて、こんなチャンス、逃すわけにはいかないもの。」


そう言って笑う明奈に、イラついた表情を隠さず


「要件に入るぞ。」


と言った滝に


「えっ?飲み物くらいオーダ-させてよ。そんな慌てなくても、夜は長いんだから。」


いたずらっぽく笑う明奈。


「おい、いい加減しろよ・・・。」


「言葉を謹んで。私はあなたに頼まれて、わざわざここまで足を運んだのを忘れないでよ。」


「・・・。」


「ちゃんと要件は聞くからさ、もう少し穏やかに話してくれると嬉しいな。」


憮然とした表情で黙り込んだ滝に、明奈は微笑んだ。


コ-ヒ-を注文し、改めて向き合った2人。しかし何とも居心地悪そうな滝に、フッと明奈は寂しそうな表情を浮かべる。そのまま、コーヒ-が来るまで、気まずい沈黙が流れる。


やがて、運ばれて来たコーヒ-を口に運ぶと


「うまいな、このコ-ヒ-。」


滝が思わず口にする。


「そうでしょ。ここのコーヒ-なら、コーヒ-にうるさい雅也にも満足してもらえると思って。」


「そうか・・・。」


こんな会話を交わすと、2人の間の空気が少し和んだ。