転機が訪れたのは、結婚して3年目が過ぎようとする頃だった。明奈に昇進の辞令が出た、同期の女子社員の中では一番乗りとのことだった。


「雅也、やった~!」


満面の笑みで帰宅して来た明奈は、出迎えた雅也の胸にそのまま飛び込んだ。


「おめでとう、よかったなぁ、明奈。」


雅也も笑顔で、明奈を抱きしめる。


「雅也がいっぱい応援してくれたお陰だよ。」


「そんなことないよ。明奈が頑張ったからさ、明奈なら当然だよ。」


「ありがとう。」


「知らせ聞いて、嬉しくなっちゃってさ。夕飯、奮発しちゃったよ。」


「本当?楽しみ~、じゃ着換えて来ちゃうね。」


そう言って、いったん雅也から離れた明奈は、戻って来るとテーブルに並ぶ豪勢な料理に目を輝かせ


「これ全部、雅也が作ってくれたの?すごいじゃない。」


「君の好きな白ワインも買って来たから、乾杯しよう。」


「うん。」


雅也の言葉に嬉しそうに頷いた。


賑やかに箸も進み、ワインでほんのり赤くなった明奈を眩しく見ていた雅也が


「でも本当によかったなぁ~。」


改めて口にすると、明奈がふと表情を改めた。


「雅也。」


「うん?」


「本当にいいの?」


「何が?」


「私、これからますます忙しくなって、帰りも遅くなる日が増えると思う。ただでさえ、家のこと、最近は雅也の方が負担が重くなってるし、一緒にいられる時間だって減って来てるのに・・・。」


「そんなの気にすることじゃないさ。家のことはやれる方がやるって言うのが、最初からの約束だし、土日は一緒にいられるじゃないか。」


「雅也・・・ありがとう。私、頑張るから。」


「ああ、俺も精一杯応援する。」


2人は見つめ合い、笑顔を交わし合う。幸せいっぱいの夫婦の姿が、そこにあった。


それから、言葉通り、明奈の生活は多忙を極めた。帰宅時間はどんどん遅くなり、その日数も増えて来た。さすがに疲労の色を濃くする妻に


「明奈、大丈夫か?無理し過ぎだぞ。」


心配そうに雅也は言う。


「ごめんね、心配掛けて。それに雅也だって、仕事大変なのに、家のこといろいろやってもらっちゃって・・・。」


「そんなこと気にするな、俺は出来る範囲のことしかやれないし、やらないから。」


「私も今は昇進していっぱいいっぱいで・・・本当にごめんなさい。」


「わかってるって。とにかく明奈は今は仕事に集中してくれればいいよ。」


「雅也、ありがとう・・・。」


そして、2人は笑顔を交わした。