「そして、こちらが私のアシスタントを務める紀藤です。」


宇田川に紹介され、これまで彼の影に隠れるように立っていた女性が、おもむろに滝に近付くと


「紀藤明奈です、よろしくお願いします。」


と自己紹介すると、名刺を差し出し、そしてニッコリと微笑んだ。それに対して、滝は完全に固まってしまっている。まるで信じられないものを見たかのように、いや彼にとって、明奈の登場は大げさではなく、まさしく驚天動地のことだった。


「次長?」


滝の様子がおかしいことに気が付いた友紀が、声を掛けると、ハッと我に返ったように


「滝です。」


と言うと、明奈に名刺を手渡した。


「それでは、本題に入りましょう。」


という仲介業者の担当者の声を、しかし滝はまるで遠くからのもののように聞いていた。


(俺も、大したことはないな・・・。)


自嘲の思いが浮かぶ。そして、自分のすぐ近くで、何事もないかのように立っている明奈にチラリと視線を送る。


(落ち着け、今は仕事だ。俺は今、ビジネスの為にここにいるんだ・・・。)


懸命に自分に言い聞かせる。それでも、ビジネスモ-ドの自分を取り戻すのに、苦労した。


結局、この場において、滝はほとんど聞き役に徹してしまう形になった。


「次長の方から、なにかございますか?」


こういう場にしては、やけにおとなしい滝を気遣って、友紀が水を向けるが


「いや、特にない。今日、いろいろとお話を伺って、私としては、前向きに検討していく案件と判断いたしました。室長の村田にもそのように報告いたしますし、あとは担当の杉浦が引き続き、お話をさせていただくことになりますので、よろしくお願いします。」


滝はそう言って、宇田川を見た。


「ありがとうございます。私どもといたしましては、リトゥリさんはこの施設の核テナントの1つと考えております。是非、よろしくお願いします。」


宇田川は嬉しそうに言うと


「じゃ、紀藤くん。今後は君があちらの杉浦さんと話を詰めていくことになる。よろしく頼むよ。」


「かしこまりました。滝次長、杉浦さん、改めてよろしくお願いします。」


そう言って、頭を下げて来た明奈に


「こちらこそよろしくお願いします。」


友紀は丁寧に頭を下げ返し、滝は微かに頷いた。