雅也と紀藤(きとう)明奈が出会ったのは、大学に入って間もない頃だった。


「文学部1年の紀藤明奈です、よろしくお願いします。」


学部が違うふたりが、偶然同じサークルに入会して、迎えた新歓コンパの席。挨拶に立った明奈は、その容姿と華やいだ雰囲気で、参加者の耳目を集めた。


「質問!明奈ちゃんは彼氏いるの?」


飲み会あるあるの先輩からの下世話な声に


「えっ、今はいません。」


と屈託のない笑顔で明奈が答えると、男子たちの表情が輝いた。そして、サークル内外の何人もの男子が、明奈に猛然とアタックを開始し、明奈争奪戦のゴングが鳴るまで、大した時間は必要としなかった。


人当たりがよく、いつも笑顔を絶やさないような可愛らしいタイプの明奈だったが、その見た目とは裏腹に、芯はしっかりした女性で、幾多の誘いに対しても、はっきりとイエスノ-を言う。


「あの子、見かけによらずにモノをはっきり言うよな。」


「それにガード固ぇ~。」


サ-クルの先輩や自分が逆立ちしても敵わなそうなイケメンたちが、そう言って嘆き、次々と撃沈して行くのを、雅也は傍から見ていた。


(こりゃ、俺の出る幕じゃないな・・・。)


明奈に好意は持っていたが、身の程をわきまえなくては・・・雅也は思っていた。彼らのサークルでは、同学年のメンバ-は仲が良く、グル-プで遊んだり、呑んだりする機会が多かった。そんな中、雅也と明奈も自然に打ち解けていき


(サークルの仲間として、仲良くやっていければ、それで充分だろう。下手なアクションを起こして、気まずくなって、ここに居ずらくなるのは嫌だからな。)


雅也はそう自分を納得させていた。そうこうしているうちに、気が付くと前期試験の時期がやって来た。高校までの定期試験とは、いろいろ勝手が違い、雅也も対策に追われていた。


そんなある日、試験を翌日に控え、勉強に勤しんでいた雅也のもとに、一本の電話が入った。そしてディスプレイに表示された「紀藤明奈」の名前が目に入った途端


「もしもし。」


雅也は慌てて、電話に出た。


『滝くん、忙しい時に突然ごめんね。』


携帯から聞こえて来たのは、間違いなく明奈の声だった。