「さっき折り合いが付かないと言ったが、先方との差はどのくらいなんだ?」


「坪5000円です。」


青木の答えを聞いて、滝の瞳がキラリと光った。


「そのくらいの差で、何で折り合えないんだ?」


「そのくらいの差とおっしゃいますが、毎月の経費ですから・・・。」


「そんなことはわかっている。だが物件の立地条件、商圏の客層、同居の施設・・・売場面積も家電店としては狭いだろうが、ウチとしてはベストといってもいい。この物件は是が非でも抑えたい。あくまで資料を見た限りだが、俺はそう思うぞ。」


「それは私もそう思います。」


「だったら、なぜ?」


「前の次長から、まだ交渉の余地があるからと、ご決済をいただけませんでした。」


ここで会話が一瞬途切れる。滝は少し青木の顔を見ていたが


「もう1度聞く。君は担当者として、どう考えているんだ?」


と静かに口を開いた。


「滝次長が先ほどおっしゃった通り、是非とも出店に踏み切るべきだと思います。」


「その考えを君はどのくらいの情熱を持って、前次長にプレゼンした?」


「・・・。」


「家賃は安ければ安い方がいいに決まってる。だが上司にそう言われたから、オ-ナ-と交渉しましたが折り合えません、では子供の遣いだろう。」


滝は冷ややかに青木の顔を見ながら言う。その言葉に青木は俯く。


「家賃が抑えられないなら、他の経費を抑えられないか?あるいは売上シュミレ-ションを上方修正できないか?考えられることはあるだろう。担当者としては、怠慢としか言えんな。」


「申し訳ありません・・・。」


「とにかくすぐに数字を見直せ。もしここを他社に取られたら、相当な痛手だぞ。」


「はい。」


滝の厳しい声に、青木は一礼するとデスクに戻る。このあと、2名の社員が立て続けに呼ばれ、いずれも厳しい追及と叱咤を受けた。オフィスの空気が、いよいよピンと張りつめてきたところで、ここまで男性社員ばかりが呼ばれていたが、初めて友紀の8年先輩である高木真美子(たかぎまみこ)が呼ばれた。


「高木さん、ウチの部署の仕事はなんだ?」


女性相手だからだろうか、今までよりは少し口調が柔らかくなったと友紀は思った。


「直営販売店舗の出店の為の候補地、物件の策定と交渉、更には決定した出店店舗の実際の立ち上げまでのフォロ-です。」


「なぜ、新店が必要なんだ?」


「それは・・・自社商品の拡販の為です。」


「そうして売り上げを拡大し、利益を上げ、会社を更に発展させて行く。そういうことだな?」


「はい。」


何を今更というような表情で、高木は頷いた。


「だとしたら。」


ここで、滝の眼光がまた鋭くなり


「君は店舗開発室には必要ない人間だな。」


そう決めつけるように言った。場は凍り付き、高木は顔色を変えた。