相手先に向かう車中。ハンドルを握る滝の横で、友紀は緊張の面持ちで座っていた。なにしろ友紀にとっては、初の商談の成否が掛かっているのだ。


(段取りは変わってしまったけど、これまでの流れから考えれば、イケる・・・はず。次長だって、そう判断したから、決断したんだろうし・・・。)


そしてもう1つ。他ならぬ、この滝と2人きりの時間と空間が、友紀を緊張させていた。真っすぐ前を見ながら、滝は特段、口を開くでもなく、黙々と車を走らせている。優しい言葉の1つも掛けて欲しい・・・なんてことを滝に望んで無理なことは、わかってはいるが、それにしてもこの重苦しい空気は、やっぱり気まずいと言うか、苦しいと言うか・・・。


(漆原くんが居てくれたらな・・・。)


前任の高木に蔑ろにされて、結果不祥事に巻き込まれる形になった漆原は、相当にショックを受けたようで


「杉浦先輩。お願いですから、僕の知らないところで話を進めたり、大事なことを隠したりすることだけはやめて下さいね。」


と懇願するように言っていた。そんな後輩の顔が浮かんで来たが


(ごめんね・・・。)


今の友紀は、心の中で詫びるしかない。そうこうしているうちに、車は相手企業のパーキングに滑り込んだ。


車を降り、受付を済ませた2人がオフィスに向かうと


「お疲れ様です。今日は滝次長まで、ご足労をいただいて。」


相手の担当者は、にこやかに出迎えた。応接室に案内され、席に着いた友紀は、お茶を運んで来た社員が退席するのを見計らって


「本日は、これまでのお話を受けて、具体的な条件を書面にして参りました。よろしくお願いいたします。」


そう言って、友紀が差し出した書類を受け取った担当者は、目を通して行くうちに


「これは・・・少々お待ち下さい。」


やや焦ったような表情を浮かべると、一礼して書類を手に退席して行った。


(向こうも、今日いきなり条件提示とは思ってなかったんだろうな。)


友紀がそんなことを思っていると、やはり担当は上司を伴って、戻って来た。


「お待たせして申し訳ございません。」


と言いながら席についた上司は


「リトゥリさんからお話をいただいてから、なかなか話が具体的に進まずに、当社としても困惑していたのですが、御社の担当が杉浦さんに変わられてからは、誠実にお話を進めていただき、私どもとしてもホッとしておりました。」


と切り出して来た。