それから数日が経ち、新井が店舗開発室長を退任する日がやって来た。この日はたまたま、青木の担当していた出店予定地の正式契約日で、室長としての最後の仕事として、その場に立ち会った新井は帰社後


「今日、現地に赴いてみて、あの新店は絶対に成功すると改めて確信できたよ。お陰様でいい置き土産が出来た。」


満足そうに周囲に語った。そして定時を迎え、友紀から花束を贈られると


「ありがとう。これからはだいぶ離れた場所からになってしまいますが、みなさんを、店舗開発室の活躍を応援しています。どうかみなさんお身体に気を付けて、業務に邁進して下さい。お世話になりました。」


穏やかな笑顔で、部下たちに語り掛けた新井に、一斉に拍手が沸き起こる。温厚な人柄のこの室長には、友紀も好意を抱いていて、その退任を惜しむかのように、精一杯の拍手を送ったが、ふと滝が彼に向かって、深々と頭を下げているのに気づき、先日見た光景が甦って来て、胸をつかれる。


このあと、新井は関係各所に挨拶周りに出て行った。本来なら盛大な送別会が催されてもいいはずなのだが、突然の人事、それもあり体に言えば左遷人事であり、それを言い出すことも憚られ、新井本人からも辞退の意が示されたこともあり、このまま静かに送り出すことになっていた。


アフタ-5好きの店舗開発室の面々も、この日ばかりは業務を終えると、ひとりまたひとりと大人しく退勤して行く。友紀も葉那と連れ立ってオフィスを後にした。普段ならこんな時でも、おしゃべりをしながら、賑やかに駅に向かう2人だが、今日は会話も湿りがち。そして、改札口が見えて来たところで、友紀が足を止めた。


「どうしたの?」


驚いて尋ねる葉那。


「葉那さん、ごめんなさい。私、用事を思い出しました。先に帰ってて下さい。」


「えっ・・・?」


「じゃ、失礼します。」


「ちょっと、友紀!」


呼び止めようとする葉那にペコリと一礼すると、友紀は回れ右をして駆け出して行く。呆気にとられて、その後ろ姿を見送った葉那はため息をつくと、駅に向かって歩き出した。


こうして友紀がオフィスに舞い戻ると、既に灯りは消え、全員が退社した後だった。滝はいるかと思っていたから意外だった。ただ、新井はまだ挨拶周りから戻って来てないようだ。友紀は彼の帰りを待つことにした。


そして待つこと15分程、オフィスのドアが開き、新井が入って来た。


「お帰りなさい。」


友紀が立ち上がって出迎えると


「杉浦くん・・・まだいたのか。」


新井は驚いた表情を浮かべる。


「最後にお見送りしたくて。」


という友紀の答えに


「そうか、それは光栄だな。」


新井は嬉しそうに笑った。