遅れて戻って来た新井も、特に何も語ることはなく、その日はそのまま業務終了の時間となった。


高木は結局、オフィスに顔を出すことはなく、更に


「聞いたか?前の次長も呼ばれてたらしいぞ。」


退勤準備を始めていた店舗開発室の面々に、そんな情報がもたらされる。


滝と入れ替わる形で、本社を離れたはずの前次長がなぜ・・・いよいよただ事とは思えない。


とにかく、正式な発表が何もなく、憶測だけが一人歩きしている今、アフター5が盛り上がるには、格好の状況で、社員達はいくつかのグループに別れて、三々五々、会社を後にして行く。


「友紀、私たちも帰ろうよ。」


葉那も友紀を誘うが


「私、これからちょっと約束があるんです。すみませんが今日は失礼します。」


そう言って、先輩に頭を下げる友紀。


「そっか。じゃ、また明日ね、お先に~。」


葉那は特に深追いすることなく、友紀にそう告げると、他の同僚達と出て行く。


あっという間に、オフィスには他に誰もいなくなり、友紀は思わずため息をついた。


本当は特に用事などないのだが、無責任な噂話で盛り上がる気分じゃなかったのだ。だが、ここに1人でいても仕方がない。


(私も帰ろう。)


友紀はオフィスを消灯して、部屋を出た。


エレベーターに向かおうとすると、物陰から声がする。その聞き覚えのある声に、思わずその方を伺うと


(室長、次長・・・。)


新井と滝が、人目を憚るように話をしている。


立ち聞きなんて、エチケットに反する。そう思って、立ち去ろうとした友紀は、次の瞬間


「申し訳ございません。」


という言葉と共に、滝が深々と新井に頭を下げるのを見て、息を呑んだ。


「室長にご迷惑をお掛けすることになってしまいました・・・。」


頭を下げたまま、絞り出すような声を出す滝に


「頭を上げてくれ。これは、君が俺に頭を下げる話じゃないだろう。」


新井は静かに言う。


「しかし・・・。」


頭は上げたが、更に言い募ろうとする滝に


「君は俺が本来やらなければならなかったことを、代わりにやってくれただけだ。その結果、俺がどのような処分を受けようと、それは身から出た錆というものだ。滝、君には嫌な役をやらせてしまった、済まなかったな。」


温和な表情でそう言うと、新井は頭を下げた。


「室長・・・。」


そう呼び掛けた滝の声が潤んでいることに気付いた友紀は驚いたように、彼の後ろ姿を見つめる。


そして次の瞬間、ハッと我に返ると、彼らに気付かれないように、静かにその場を離れた。