その朝、「(株)リトゥリ」本社ビルの一角にある「店舗開発室」のオフィスは、緊張感に包まれていた。今回の定期異動で室次長が交代となり、新しい次長が着任して来るからだ。


「相当なやり手らしいよ。」


「なにしろ32歳で次長ですもんね。」


新次長の登場を待ちながら、隣の1年先輩、東出葉那(ひがしではな)の囁きに、杉浦友紀(すぎうらゆき)は、頷きながら答える。待つことそれから10分ほど。9時の始業を告げるチャイムが鳴るとほぼ同時に、オフィスのドアが開くと、室長新井三郎(あらいさぶろう)に引き連れられて、1人の男が入って来た。


(あの人が、新次長・・・。)


友紀も他の社員も一斉に視線を注ぐ中、新次長は表情を変えることなく、彼女たちの前に立った。


「みなさん、おはようございます。」


まず口火を切ったのは新井室長。


「ご存じの通り、本日より新室次長が着任します。まずはさっそく、挨拶をいただきましょう。」


新井に促されて、一歩前に出た男は


「関西事業部より着任しました滝雅也(たきまさや)です。入社してからは、本社商品開発部に配属され、その後は関西地区で商品販売を担当していましたが、この度、本社店舗開発室次長を拝命いたしました。店舗開発の担当は初めてですが、勉強してみなさんに後れを取らないように努める所存ですので、どうかよろしくお願いします。」


そう言って、頭を下げた。そんな滝に友紀たちも頭を下げ返し、型通りの着任挨拶も終了し、再び新井が口を開いて、いくつかの連絡事項を一同に伝えると


「では、本日もよろしくお願いします。」


室長が朝礼を締めて、室員たちは自席に着く。一日の業務の始まりだ。


「じゃ次長、最初にちょっと話をしようか?」


「はい。」


室長に声を掛けられ、滝は応接室に入って行く。


「やり手っていうから、どんなキレッキレで尖がったのが来るのかと思ったけど、なんか普通な感じだな。」


「まだわからんけど、でも今まで商品開発や販売担当だろ?そっちでどんないい成績上げてたか知らないけど、全然畑違いだからな。」


彼らの姿が消えると、さっそく新次長の品定めが始まる。


「まぁ、中の上ってとこかな。」


葉那の言葉は当然、滝の容姿の話だろう。


「先輩の注目ポイントはやっぱりそこですか?」


「当たり前じゃない。とりあえず様子見かな。」


その言葉に、笑みをこぼした友紀だったが、表情が固かったのは緊張からだろうけど、その瞳の奥になんとも言えない冷たさが感じられるような気がしたのが引っ掛かっていた。