母の言葉を素直に受け入れることは出来なかったが、と言って友紀に仕事を放り出すなんて選択肢は、もちろんない。


翌朝、自分を奮い立たせて出勤した友紀は


「おはようございます!」


オフィスに入ると、いつもにも増して、晴れやかな表情と声で挨拶をした。そんな友紀につられたように、同僚たちもにこやかに挨拶を返して来る。


「友紀ちゃん、今日も爽やかで美しいね。」


そんなお世辞のような言葉にも


「ありがとうございます。」


と満面の笑みで答えた友紀は、そんな光景を意にも介さないように、始業前にも関わらず、書類に首ったけの滝のデスクの前に立つと


「次長、おはようございます。」


明るく声を掛けて、一礼する。その声に一瞬顔を上げて、友紀を見た滝は


「おはよう。」


めんどくさそうに一言返すと、また自分の世界に。


(この人が本当は優しいとか、ありえないんだけど・・・。)


心の中で毒づきながら、自席に着いた友紀に


「あんた、偉いね。あんなに冷たくあしらわれてるのに、よく行けるね。」


感心半分、呆れ半分と言った風情で葉那が言って来る。


「こうなったら、こっちも意地です。」


そんな会話を交わしているうちに、始業のチャイムが鳴る。朝礼が終わり、近付いて来た漆原に


「漆原くん、今日は手分けして、このリストに載ってる所に、連絡するよ。」


友紀は言う。


「なんですか、このリストは?」


訝し気な漆原に


「無駄口きいてる暇があったら、手を動かす。」


ピシャリと言うと、友紀は受話器を取る。


すると前日とは打って変わり、相手の反応はみな穏やかで、早速午後からのアポイントも獲れた。


「どうなってるんですか、これ?」


ますます不審顔の漆原に


「とりあえず、よかったじゃない。お昼食べたら、すぐに出掛けよう。」


友紀は張り切って告げた。


まず訪れた取引先で、出て来た担当者に名刺を差し出した友紀は、前任者が急遽体調を崩したため、自分が後任になったことを報告すると、ご迷惑をお掛けしますと頭を下げた。


すると相手の担当者は


「いやね、高木さんからお話をいただいたのはありがたかったんですが、それからナシのつぶてで、私も困っていたんですよ。」


と答えるから


「それは、まことに申し訳ございませんでした。」


友紀は改めて、頭を下げる。