「友紀。」


柔和な表情を崩さないまま、母は話し出す。


「確かに、性格が合わない人っていうのは、誰にでもいる。友紀だって、今まで生きて来た中で、出会った全ての人と仲良くできたわけじゃないだろうし、私だって同じ。」


「うん・・・。」


「でも自分の合わない人、イコ-ル悪い人ではないはずだよ。」


「それはそうかもしれないけど、でもその上司の言動からは、人に対する温かみとか思いやりとかが全く感じられないの。だって『人間、特に女は信用ならん生き物だ』なんて、公然と口にする人、さすがに私も初めて会ったよ。私、そんな人の下で働きたくない・・・。」


悲し気な表情を浮かべる友紀を、優美は少し見つめていたが


「友紀は優しい子だね。」


そう言って、微笑む。母の言いたいことがわからずに、きょとんとした友紀に


「友紀は、その上司さんを本当には嫌いになりたくないから苦しんでる。」


優美は言う。


「えっ?」


意外な母の言葉に、いよいよ戸惑う友紀に


「私はもちろんその上司さんにお目に掛かったこともないし、単なる想像に過ぎないけど、たぶんね、その方、本当はすごく優しい方なんだと思う。」


信じられない言葉を続ける優美。


「お母さん・・・。」


唖然とした視線を向ける娘に


「優しくて、人を信じて、信じすぎて・・・多分辛い目に合ったんじゃないのかな?」


「・・・。」


「大きな心の傷を負って、その傷がまだ癒えてなくて、人を信じるのが怖くなってるんじゃないかと思う。だから、また傷付きたくなくて、それを人に知られたくなくて、だから人を寄せ付けないように、そんな態度をとってるんじゃないかな?」


諭すように言った優美は


「だから友紀は、何を言われても気にしないで、その上司さんがいつか心を開いてくれるように、優しく接してあげて。」


そう言って、微笑んだ。だが、敬愛する母の言葉ながら、友紀がさすがに素直に頷くことが出来ずにいると


「本当に悪い人なんか、この世の中には1人もいない。私はあなたの倍くらい生きて来て、そう確信して言ってるんだから、信じてちょうだいよ。」


念を押すように言うと、娘の目から見ても愛くるしい笑顔を残して、優美は部屋を出て行った。


(お母さんには・・・敵わないな・・・。)


その後ろ姿を見送りながら、友紀はふっとため息をついた。