着任以来の冷たく厳しい滝の言動に、何度も心折れそうになりながら、それでも友紀は『この世の中に本当に悪い人なんて、1人もいないんだよ』という母の教えを自分に言い聞かせて来た。


しかし先ほどの彼とのやり取りは、さすがに


(なんなの、この人・・・。)


という感情を抱かざるを得なかった。


「とりあえず、私を信頼していただいたようで、ありがとうございます。」


そんな皮肉の1つも言ってやりたかったが、それすら言う気力も湧かずに、重い気持ちを引き摺りながら、友紀は会社を後にした。


(こんな時に、おじさんたちは、一杯飲んで、愚痴を言い合いたくなるんだろうな・・・。)


就職して4年、もちろん友紀にも仕事で辛い時、悲しい思いをしたことが何度もある。しかし、今の自分はひょっとしたら、就職してからどころか、これまでの人生で一番落ち込んでいるかもしれない、そんな気すらしていた。


帰宅しても、心は晴れず、言葉少なに食事を済ませると、友紀は早々に自室に引き上げた。


扉を閉め、椅子にポスンと腰を下ろした友紀は


(ア~ァ、明日会社行きたくない。というより次長に会いたくない・・・。)


そんな詮無いことが浮かんで来て、友紀はまた、ため息をついていると、ノックの音が耳に入って来る。


「友紀、入るわよ。」


扉が開き、優美が入って来た。


「どうしたの?元気ないけど、なにかあったの?」


いつもは、仕事帰りの疲れた時も笑顔を絶やさない娘の様子がおかしいので、心配になったようだ。


ううん、なんでもない、大丈夫・・・母に心配を掛けまいと、そう答えようとした友紀だったが


「お母さんは間違ってるよ。」


思わずそんな言葉が、口をついていた。


「えっ、なに?」


突然の言葉に、戸惑いながら聞き返して来た母に


「お母さんはこの世の中に、本当に悪い人なんか1人もいないって、いつも言ってるよね。でもそんなことはあり得ないよ。」


友紀は厳しい口調で言うと、今度来た上司が底意地が悪く、冷たい性格で、先輩の1人は目の敵にされて、仕事から外され、自分にもいかに冷たく厳しい態度で接してくるかを訴えた。


そんな娘の言葉をウンウンと頷きながら聞いていた優美は


「そう、それは大変だね。」


優しい表情で言った。