やがてオフィスの扉が開き、新井が入って来た。


「室長、いかがでしたか?」


その姿に、滝は弾かれたように室長に近付くと、さすがに緊張の面持ちで問う。


「こんな重要な案件を、なんでこんな唐突に持ち込んで来るんだと、さんざんお叱りを受けてしまったよ。」


そう言って一瞬、苦笑いを浮かべた新井は、すぐに表情を元に戻すと


「それでも話を聞いていただいたら、常務もすぐに案件の緊急性を理解されたようで、他の何人かの取締役にも声を掛けて下さって・・・まぁ簡単ではなかったが、基本的には了承していただいた。もちろん、社長も副社長もおられない非公式の席だから、完全に決定と言うわけではないが、まぁひっくり返ることは恐らくないだろう。」


そう言って、ホッとしたような表情を浮かべた。


「そうですか、ありがとうございます。」


滝も表情を和らげると、深々と新井に頭を下げる。


「やった。」


青木は思わずガッツポ-ズをし


「よかったですね、青木さん。」


友紀も笑顔で言う。オフィスの空気は和む。


(上層部の正式な承認を得ないまま、動き出した次長の判断は、結果的に正解だったな・・・。)


友紀はそんなことを思いながら、滝を見たが、彼の表情が険しくなっているのを見て、息を呑む。そして


「青木。」


と滝の厳しい声が飛んだ。


「は、はい。」


驚いたように振り向いた青木に


「とりあえずはよかった。だが、取締役たちがこんな異例な形での申請を認めざるをえなかったくらいの案件を放置し、あわや他社に持っていかれかねなかったんだ。担当として、怠慢と言わざるを得ないな。」


そう決めつけるように滝は言う。


「申し訳ございません。」


ぐうの音も出ないといった表情で項垂れる青木に、鋭い視線を送った滝は


「お前だけじゃない、前任の室次長もだ。一体何を考えていたんだ・・・?」


今度は呆れたような声で続ける。


「私のチェックも甘かった、お恥ずかしい限りだよ。」


とりなすように言った新井の横で


(厳しいな、滝次長・・・。)


友紀がそんなことを思っていると


「杉浦、いつまでいるつもりだ。関係ない奴はもう帰れ。」


突然、自分に矛先が向いて来たから


「は、はい。それではお先に失礼します。」


慌ててカバンを手に取り、オフィスを出た。