新井が慌ただしく常務のもとに向かうのを見送った滝は、自らも外出の準備を整え


「東出、商品部に連絡して、新店舗が決まりそうだから、出店準備を頼むと伝えておいてくれ。」


と葉那に指示すると


「では行って来る、留守はよろしく頼む。」


と言い残し、青木を引き連れ、急ぎ足でオフィスを出て行った。


「ふぁ~、嵐のような人だね。」


「はい・・・。」


葉那や友紀だけではなく、室員全員が呆気にとられるばかりだった。


リトゥリとの話が一向に進まないことに業を煮やしたオーナ-側は、他社との話を進め始めていた。そこへ乗り込んだ形の滝は、これまでの交渉の停滞を陳謝し、是非当社とご契約いただきたいと頭を下げた。それに対して、他社との話も進んでいるからと即決を渋るオーナ-側に、誠心誠意頭を下げ続け、ついにOKの返事を引き出した。


感謝の意を表する滝の横で、一緒に頭を下げながら


(でもまだ取締役会の決済は降りてないのに、本当に大丈夫なのかよ・・・。)


青木は気が気ではなかったが


「そこは室長が何とかしてくれる、心配するな。」


帰りの車の中で、滝は自信たっぷりだった。そして、2人がオフィスに戻ると、時刻はもう19時を過ぎていた。


「室長は?」


と滝に尋ねられ


「常務室に行かれたまま、まだ戻られません。」


友紀は答える。


「えっ?マジ・・・。」


その答えに青木は焦ったような表情を浮かべるが


「大丈夫だ。それよりもうこんな時間だ。もうみんな帰っていいぞ。」


滝は落ち着いた表情で部下たちに告げる。室長も次長も不在のまま、やきもきしながら帰れずにいた社員たちは、とりあえずホッとしたような表情になり、動き出す。


「友紀、帰ろうよ。」


葉那の声に


「すみません、私はもう少し残ります。」


友紀は答えた。この結末を確認しないと帰れない、そんな心境だった。


「そっか。じゃ、お先に。」


そう言ってオフィスを後にする葉那。他の社員もほとんどが帰宅の途に着き、残っているのは友紀や青木ら数名だけになった。心配そうな彼女たちに、しかし滝は声を掛けるでもなく、自分のデスクで書類を手に取る。その彼の姿を見て、友紀たちもとりあえず、それに倣った。