「そうでしょうか・・・?」


「そうだよ。あ~あ、友紀の半分でいいから次長、ちゃんと私のことも面倒見てくれるかなぁ。」


「大丈夫です。あの人は・・・ビジネスには厳しい人ですから。私情なんか、絶対にはさまないですよ。」


そう答えた友紀が、寂しそうな表情を浮かべたのを、葉那は見逃さなかった。こうして、本人も周りも慌ただしく日々を過ごして行く中、滝だけがいつもと変わらなかった。


友紀に対しても特別な声を掛けるでなく、不自然に接触を避けることもなく、必要に応じて、必要なコミュニケ-ションを取って来るだけだった。


(葉那さんはああ言うけど、次長は誰かを特別扱いなんか絶対にしない。それが滝次長なんだよ・・・。)


友紀の異動前々日に行われた送別会は、盛大ではあったが、その席に滝が加わることはなかった。それで仕方ないんだ、友紀は今はそう思っていた。


そして、ついに店舗開発室勤務最終日。つつがなく、その日の勤務を終えた友紀は、同僚たちに最後の挨拶を済ませ、最後に村田の前に立った。


「室長、短い間でしたが、お世話になりました。」


そう言って頭を下げる友紀に


「お疲れ様でした。前にも言ったが、君を抜かれるのは店舗開発室長としては、断腸の思いだが、こればかりはどうしようもない。」


そう答えた村田は、今も主がいないままになっている、かつての高木真美子のデスクに視線を送ると


「これで我が店舗開発室も欠員が2名になってしまった。これは室長たる私の怠慢だ。人事部に直談判せんとな。」


と言う。そんな村田の冗談交じりの言葉に、笑顔を見せると


「では、室長、失礼します。」


一礼して、そのまま退室しようとする友紀に


「滝くんたちも、もうすぐ戻るはずだ。もう少し待ったらどうかね。」


村田は声を掛ける。この日、滝は葉那と共に、取引先へ外出して、まだ帰社していなかった。


「いえ、東出さんには昼間ご挨拶しましたし、次長には・・・無駄な残業をするなと怒られてしまいますので。」


「杉浦さん・・・。」


「これが今生の別れでもありませんから。次長には、週明けに改めてご挨拶に伺います。では、失礼いたします。」


友紀はそう言って、微笑すると、村田に背を向け、居合わせた室員たちに最後に一礼して、オフィスを出た。だが・・・


「杉浦さん、ちょっと待ってくれ。」


村田がなぜか追いかけて来て、友紀は訝し気に振り返った。


「やはり・・・君の耳には入れとこうと思う。」


あたりを憚るように、村田は声を潜めた。