「そんな、思い詰めるな。」


滝が穏やかな声を出す。


「お前が異動したって、それが今生の別れになるわけじゃない。同じ本社の中で勤務することには変わりが・・・。」


「そんな建前なんか聞きたくありません!」


友紀は滝の言葉を遮る。


「このまま・・・このまま離れ離れになったら、私たちはもう上司と部下ですらなくなる。何の関係もなくなる、顔も滅多に合わすことだってなくなる。」


「・・・。」


「あなただって、それがわかっててそう言ってる。このまま私の気持ちをはぐらかしたままで離れられればそれでいい。そう思ってるんですよね?」


「・・・。」


友紀はじっと滝を見つめるが、彼は窓の外の夜景に視線を向ける。沈黙が流れる。


「マ-くん。」


ついに意を決したように、友紀がそう呼び掛ける。これにはさすがに滝も驚きを隠せない表情を浮かべる。


「私では母の・・・憧れの優美先生の代わりにはなりませんか?」


思い詰めたようにそう言った友紀を、滝はじっと見つめていたが


「お前、俺にもう1度、恋愛しろって言うのか?」


と静かに言った。


「えっ?」


「俺に人を・・・女をもう1度、信じろと言うのか?」


そう続けて問うてきた滝に


「そんな大それたことを言うつもりはありません。私はただ、マ-くんに私を信じて欲しいだけです。」


友紀は訴えるように言う。


「杉浦・・・。」


「かつて、あなたが私の母を慕っていた時の心を思い出して欲しいんです。」


「無茶なことを言うな。思い出すには、あまりにも古くて、幼過ぎる記憶だろう、それは。俺はお前にマーくんと呼ばれるには、あまりにも齢をとったし、いろんなことを経験し過ぎた。」


苦笑いする滝に


「ううん、そんな古い話じゃないでしょ?あなたが母の教えを、躊躇いなく口にしていたのは。違いますか?」


友紀は懸命に言葉を紡ぐ。そんな友紀を、滝は静かに見つめていたが


「いい子だな、お前。」


と感に堪えないという口調で言った。


「いい子・・・ですか・・・?」


その滝の言葉に、望んでいるニュアンスが感じられず、友紀は悲し気に目を伏せる。そんな彼女を少し見つめていた滝は


「これで俺も腹が決まったよ。」


と告げた。その言葉に、ハッと顔を上げた友紀は


「次長・・・?」


問い掛けるように、滝を見た。しかし彼は何も答えず、そっと友紀に微笑むと、グラスを口に運んだ。