「明奈さんと・・・いるのかと思った。」


友紀が初めて「紀藤さん」ではなく、「明奈さん」と口にした。


「そんなわけ、ないだろ。」


そう言って軽く笑う滝に、友紀も微笑みを返す。


「何か呑むか?ここのカクテルは大人の味だぞ。」


「いただきます。」


頷く友紀。滝はバーテンにオーダ-すると、改めて彼女を見た。


「ところで、どうしたんだ?」


「次長とお話がしたかったんです。」


「・・・。」


「ご迷惑でしたか?」


「いや・・・俺も・・・お前と話したかったかもしれない。」


その滝の言葉に、友紀はホッとした表情を浮かべる。やがて、カクテルが運ばれて来て


「いただきます。」


と言って、それを口にした友紀は


「おいしい、結構甘めなんですね。」


と笑顔。


「口当たりに騙されると、あとで大変な目に合うぞ。俺は女は信用してないが、一応男だから、女が嫌いなわけじゃない。油断はしない方がいいな。」


「次長にお持ち帰りされるなら・・・望むところです。」


少しからかったつもりが、友紀からド直球の返答が返って来て、滝は一瞬固まる。しかしそんな滝の様子にも気付かぬ風で


「異動だそうです、私。」


滝の目を真っすぐ見て、友紀は言う。


「そのようだな。」


さっきまで、ずっとそのことで思い悩んでいたことなど、おくびにも出さず、滝は答える。


「引き留めてくれないんですか?」


「俺にはそんな権利も力もない。」


「そんなことをお聞きしてるんじゃありません。」


「・・・。」


「私は・・・あなたの気持ちを知りたいんです。あなたの本当の気持ちを。」


滝から視線を外さず、友紀は言う。


「行きたくありません、私。」


「お前まで、東出たちみたいな駄々こねるな。」


「次長が行くなと言って下さるなら、私は行きません。」


窘めるような滝の言葉に構わず、友紀は続ける。


「いい加減にしろ、そんなことが認められるはずがないだろう。」


「仕事も会社も大好きですけど、今の私にはそれ以上に大切なもの・・・いえ、大切な人がいます。私は、その人と離れるのは嫌です。」


「杉浦・・・。」


「だから、その人が行くなと言って下さるなら、私は会社に居場所がなくなったって、構いません。あなたが・・・好きなんです。」


そう言った友紀の瞳には、揺るぎない決意が浮かんでいた。