(行かせたくない。)


それが滝の率直な心境だった。友紀が自分の下を去って、離れて行くことに対する拒否感であり、それ以上に友紀を神宮寺の下に送り出すことに、滝は大きな抵抗を覚えたのだ。


(一言で言えば、あの男、神宮寺将大は・・・クズだ。)


あのさわやかな物腰、いかにも女子受けしそうな容姿を思い出しながら、滝は内心で吐き捨てた。


滝は神宮寺を知っていた。彼はかつて、関西事業部副部長の肩書で、滝の上司だった時期があった。


「本社でばかり仕事をしていても、本人の為にならない。将来に備えて、視野を広げさせたい。」


関東が母体のリトゥリにとって、関西でのビジネスは苦戦を強いられていたが、そういう現場に立って、少し苦労してこいというのが、彼の父親である神宮寺正雄(まさお)社長の意向だったのだが、「親の心、子知らず」という言葉が古くからあるように、将大にとって、この人事は不満だった。


「苦労しようとしまいと、俺はいずれこの会社のトップになるんだ。だったら苦労するなんて、バカバカしいじゃないか。」


取り巻きにこんなことを漏らしていることが耳に入った時、滝は正直呆れかえったが、そうは言っても、神宮寺も御曹司という立場に胡坐をかき、毎日ただプラプラしているわけにはいかない。父である社長の目もある。


関西事業部副部長である彼は、視察と称して、取り巻きを引き連れ、営業店を回るようになった。それはそれでいいのだが、店にやって来た彼が、生半可な知識で、いろいろと思い付きのような指示を出し、滝もそれに振り回された経験は、1度や2度ではなかった。


問題はそれだけではなかった。爽やかな容姿とは裏腹に、いやそうだからこそかもしれないが、とにかく女癖が悪かった。店回りも本当の目的は女子社員の品定めではないかと、陰口を叩く向きもあった。


滝の同僚や部下の中にもちょっかいを出され、困惑したり泣かされる女性が出た。その一方で、イケメン御曹司からの誘いを喜ぶ向きも一定数いるわけで、神宮寺の所業は収まる様子がなかった。


そしてついに、取引先の、それも既婚者の女性との交際が噂されるに至り、これまで、彼の立場や神宮寺社長を慮って、ほとんど何も言わない、いや言えないでいた事業部長が重い腰を上げ、そのトラブルをもみ消すと共に、社長にうまく取り繕い、神宮寺を東京に送り返したのだった。