(そんなの嫌だよ。私、ここを離れたくない。)


まだどこに異動になるのかわからないし、それ以前に本当に異動になるのかも定かではないのに、友紀はそう思ってしまう。営業に転身して、まだ時間も浅く、その面白さややり甲斐が分かり始めたばかりなのに、というのがその理由の1つ。


そして、もう1つの理由は


(次長と離れるなんて、絶対に嫌!)


上司としての滝を、友紀は尊敬している。彼の下で、もっといろいろなことを学びたい、吸収したいという思いはもちろんある。


だが今、友紀が切実に抱く思いは、ある意味もっとシンプル。


(好きな人と離れたくない。)


それに尽きる。


一度は完全に拒絶され、諦めかけた滝への想い。だが、咲良に諭され、励まされ、友紀はもう一度、キチンと自分の想いを滝にぶつける決心をしていた。


しかし、思わぬ環境の変化にバタバタと振り回されて、きっかけをつかむことがなかなか出来ないまま、時間だけが過ぎて行こうとしている。


(次長の部下でいられる時間、次長と一緒のオフィスで仕事が出来る時間は、もう限られているのかもしれない・・・。)


もちろん、それが永遠の別れを意味するわけではないかもしれないが、物理的に距離が離れることが、自分達の関係性にいい影響を与えるとは、友紀にはどうしても思えない。


(よし。)


友紀は決めた。このところ、週に1回はある滝の早上がり日、そこで勝負を掛けようと。


(この間は、オフィスで告って、次長に怒られちゃったもんね。同じ過ちを2度繰り返すわけにはいかないから・・・。)


今まではその時、明奈と会ってるのだとばかり思っていたから、アクションを起こせなかったが、咲良の話を聞く限り、その可能性は低そうだし、例え、そうだとしても、あるいは明奈以外の別の女性との逢瀬だとしても、もう遠慮している、躊躇している時間はないかもしれないのだから。


滝の早帰りは、不定期だった。だから、いつその時が来てもいいように、友紀は準備をする。だが・・・


事態は先に動き出した。