「あんたさ、友紀ちゃんが、優美先生の娘さんが・・・雅也を裏切ったり、傷付けたりすると本当に思ってるの?そんなの彼女を見れば・・・。」


「明奈だって、そうだった!」


懸命に言い募る咲良の言葉を、滝は遮る。


「明奈が俺を裏切るなんて、あんなことをするなんて、俺は考えてもみなかったよ。だけど・・・彼女は裏切った。俺が彼女を蔑ろにしたり、愛情を注がなくなったからとかなら、まだわかる。だが・・・理由を聞いた時、俺は全身の力が抜けた。そして自分の無力に、絶望したんだ。わかるかよ、俺のこの気持ちが!」


「雅也・・・。」


「なぁ咲良。俺はもう好きな人に失望したくないんだ。失望するのが怖いんだ。もう好きな人を嫌いになるのは、本当に嫌なんだ。そんな経験は2度としたくないんだよ!」


「・・・。」


「その為には・・・最初から信じなければいい、好きにならなきゃいいんだ、違うか!」


滝の言葉が響く。何事かと振り向く人々の視線も知らぬげに、2人はお互いの顔を見ている。やがて


「それが・・・あんたの本音?」


咲良が静かに聞く。


「ああ。」


厳しい表情で頷いた滝に


「意気地なし!」


咲良の言葉が飛ぶ。思わぬ言葉を浴びせられ、息を呑んだ滝に


「それじゃ友紀ちゃんがあんまりにも、可哀想だよ・・・。なんで自分の本当の気持ちから逃げることしか考えないのよ、あんたは!」


咲良は訴えるように言う。


「信じたい人がいるなら、信じればいいじゃない。心を開きたい相手なら、開けばいいじゃない。あんたの前に、やっとそれに値する人が現れたんだよ。その人を、その人の思いを、そんな情けない理由で蔑ろにするなら、あんたも・・・明奈さんと同じ、最低な人間だよ!」


そう言って、滝を真っすぐに見つめる咲良。その視線を言葉もなく、受け止めていた滝は、やがてスクッと立ち上がると、歩き出す。


「ちょっと雅也、どこ行くのよ。」


慌てて呼び止める咲良に


「どちらにしろ・・・もう手遅れだ。」


「えっ?」


「杉浦はもうすぐ、俺の手の届かない所に行ってしまう。」


振り向きもせずにそう言うと、滝はそのまま歩き去る。


「あれ、マーくん、どこ行くの?」


そこへ戻って来た陽葵が不思議そうに声を掛けるが、やはり滝は振り返ることはなかった。


(友紀ちゃんが、雅也の手の届かない所に行っちゃうって、どういうことよ・・・。)


娘を抱き上げると、咲良は慌てて滝を追い掛けた。