「だから、これからはまた、君らしく、まっすぐに生きて行って欲しい。俺は心からそれを応援するよ。」


「応援、か・・・。」


滝の言葉を繰り返した明奈は、複雑な笑みを浮かべる。


「杉浦さんだけでなく、私も応援してくれるなんて・・・どこまで優しいの、雅也は。」


「明奈・・・。」


「でも雅也は、どうなの?」


「えっ・・・?」


「あなたはもう、元のあなたには戻れないの?」


明奈はまっすぐに滝を見る。


「私は戻って欲しい。あなたを傷付け、変えてしまった張本人が何を言ってるのかって思われるだろうけど、私にその手助けはやっぱり出来ない?」


見つめ合う2人。しかし、滝は静かに首を振った。


「元の俺って、どんな奴だったのかな?もう思い出せない。」


「雅也・・・。」


「今の俺が君に出来ることは、遠くから幸せを祈ってあげることまでだ。もう、一緒の道を歩くことは・・・絶対に出来ないよ。」


はっきりそう告げた滝を、明奈は悲しみと絶望の眼差しで見つめる。もう滝の結論は揺るぐことはなかった。明奈も涙ながらにそれを了承し、2度と自分の方から、滝の前に現れることはしないと誓い、去って行った。


そして、滝の日常は元に戻ることになった。だが、不本意だったはずの元妻との時間が、自分の生活にそれなりのハリと明日への活力を産んでいたことに気付いた滝は、仕事にかかりきりだった平日の生活に変化をもたらしてみようと思い立たせることになった。


そして今、綺麗な夜景を眺め、あれこれと思いを馳せるこんな時間が、滝は嫌いではない。


ひとり静かに好きな酒を飲み、少し贅沢なディナ-に舌鼓を打つ。そして、今どき流行らない煙草の1本もふかしてみれば、ちょっとした「大人の男」の出来上がりか・・・。


そんなことを考えて、ふと苦笑いが浮かんで来る。


(気取ったところで、所詮傍から見れば、単なる侘しいおひとり様じゃないか・・・。)


こんな時に「おひとりですか?」なんて声を掛けて来る美女でも現れれば、ドラマかもしれない。もし、隣に誰かいれば・・・ふと滝の脳裏に杉浦友紀の顔が浮かぶ。


(もし杉浦を誘ったら、あの子は頷いてくれるだろうか・・・?)


そんなシチュエ-ションを自分が望んでいるのか、思わず考える。そして滝は静かに首を振った。


(今の俺は、アイツの屈託のない笑顔すら信じられない、ポンコツな心しかもっていない。そんな男の横に杉浦を居させるなんて、あの子に残酷過ぎる・・・。)


滝はフッとため息を吐く。


(そろそろ、帰るか・・・。)


もう1度、夜景に目をやると、滝は席を立った。