次長の許可が出たので、そのまま家路についた友紀。


「ただいま。」


玄関のドアを開け、中に入って、1つため息を吐いた後、友紀はキッチンに立つ母優美(ゆうみ)に声を掛けた。


「おかえりなさい、早かったのね。」


暖かい笑みを向けてくれる母に


「今日はずっと外回りだったし、朝も早かったから。次長が今日はもう帰っていいって。」


と答えると


「そうなの、優しい上司さんね。」


暖かな笑みを浮かべたまま母の言葉を、友紀は複雑な思いで聞く。


「お夕飯、もう少し時間かかるから。先に着替えてらっしゃい。」


「うん。」


頷いて、友紀は自室に向かった。着替えを終え、リビングに入った友紀がボヤっとTVを眺めながら待つこと20分ほど。


「友紀、お待たせ。」


出来立てほやほやの夕飯を、母が並べてくれる。


「ありがとう、いただきます。」


心づくしの、という表現がぴったりの母の手料理を一口、口に運ぶと、友紀の顔は自然にほころぶ。その娘の表情を見た優美は、これまた嬉しそうに微笑むと


「お味噌汁、持って来るね。」


と告げて、キッチンに戻って行く。


もう50の声を聞いた優美だが、「名は体を表す」の言葉通り、優しくそして美しい女性で、友紀は母の怒った顔をほとんど見たことがない。


(さっき、漆原くんに『店舗開発室の癒し』なんて言われちゃったけど、お母さんこそ元祖癒し系だよね。)


そんな母とおしゃべりをしながら、友紀が食事を進めているうちに、6歳下の弟の賢一(けんいち)、父の(あつし)そして2歳下の妹の美紀(みき)の順番に、相次いで帰宅して来て


「お夕飯にみんなが揃うなんて、久しぶりね。」


嬉しそうに優美は料理を並べて行く。


短大を出て、幼稚園の教諭を4年務めたのちに結婚。寿退職して、家庭に入り、自分を頭に3人の子供を育てながら家庭を守って来た母は、一昔前なら女性の鑑ともいえる良妻賢母。いや現代でも立派な女性の1つの理想像だと、友紀は思っている。