友紀が咲良が会っていたのと同じ頃、滝はひとり、あるホテルのスカイラウンジを訪れていた。


スカイラウンジと言えば、デート、カップル御用達と思われがちだが、ここは1人でフラリと立ち寄っても、違和感がない。もっとも夜景の美しい窓際の席は、さすがにカップルが占めていて、カウンタ-に案内されるのが普通だが、この日はたまたま空いていたらしく、お好きな席へと言われ、滝は窓際のカウンタ-席を選んだ。


(綺麗なもんだな・・・。)


目の前に広がる夜景を前に、滝は思う。着任以来、仕事づくめの日々を送って来たが、このところは、週に1度は、仕事を早く切り上げ、こんな時間を持つようにしていた。


(部下には仕事の鬼とか陰口を叩かれてるらしいが、俺だって別に仕事が特別好きなわけじゃない・・・。)


若い頃は、むしろ少しでも早く帰って、アフタ-5を楽しむことばかり、考えていたと言ってもいい。同僚や上司と呑むのは嫌いじゃなかったし、大好きな恋人とのデートは胸躍るひとときだった。


結婚してからは、付き合いが悪くなったとブーイングを浴びながら、妻との時間を大切にして来た。


そんな生活が暗転して、更に転勤で友人知人がほぼ皆無といった環境に置かれて、滝は変わった。寂しさ、辛さを紛らわす為には仕事にのめり込むしかなかった。はっきり言えば「仕事に逃げた」のだ。


フッと1つ息をついた滝は、目の前に置かれたグラスを静かに口に運んだ。


(さすがに疲れた。俺だって、たまにはひと息ついたっていいだろう・・・。)


滝にそんな思いを抱かせたのは、皮肉にも彼をそんな生活に追い込んだ元妻紀藤明奈との逢瀬の時間だった。


「可愛さ余って憎さ百倍」という言葉があるが、滝にとって、明奈はまさにそんな存在だった。2度と会いたくない、心底そう思っていた。彼女との再会は悪夢とも言え、そんな彼女にビジネスの為とは言え、自らアポを取り、その後も立て続けに会わなければならない羽目に陥ったのは、不本意以外の何ものでもなかった。


だが、嫌々ながら会って話しているうちに、滝はふと、まるでかつての夫婦の時間が帰って来たような錯覚すら覚えるようになっていた。


今の明奈が纏っている雰囲気、仕草、表情・・・それは間違いなく、かつて、自分が愛していた彼女のものだったからだ。


いつの間にか、そんな彼女との逢瀬を楽しみにしている自分に気が付いて、滝はハッとした。