「遊び、だったの。本気じゃない、心はあなたにしかなかった。嘘じゃないの、お願い信じて。」


懸命に訴える明奈の顔を、雅也はただ黙って見つめる。1つの言葉が甦って来る、明奈はずっと言い続けて来た。


「もうすぐ、この忙しい時期は過ぎるから。だから、もう少しだけ待って。」


つまり、遊びはもうすぐ終わらせるから、それまで待っていてと明奈は言っていたのだ。今まで残っていた明奈への愛情、未練がスッと消えて行くのを、雅也は自覚していた。


「明奈、あなた、そんな理由で大切な旦那さんを裏切ったの?」


と呆れたような声を上げたのは、明奈の母親だった。


「だって・・・雅也は出会ってから私をずっと大切にしてくれた、愛してくれた、わがままも聞いてくれた。そんな雅也なら、私の多少の過ちもきっと許してくれるって。だから・・・。」


「いい加減にしなさい!」


尚も言い訳を重ねようとする娘を、堪りかねたように一喝したのは父親だった。黙り込む明奈の横で


「雅也くん、どうやら私たちは、娘の教育を間違えたらしい。お恥ずかしい限りだ。離婚届には、私たちが責任を持って判を押させる。償いもキチンとさせる、本当に申し訳ない。この通りだ。」


っと言って、父親は母親と共に深々と頭を下げる。


「お父さん、何を勝手なことを・・・私は絶対離婚なんて・・・。」


「お前は黙ってなさい!」


そんな父娘の言い争いを、雅也は悲し気な目で見ていたが


「いえ、お義父さん、僕の方こそ、明奈さんを幸せに出来ずに申し訳ありませんでした。」


そう言って頭を下げた。


「それでは、今後につきましては、雅也さんの代理人としての私との話し合いということになります。よろしいですか?」


弁護士の言葉に


「異存ございません。」


明奈の父親は答える。


「それでは、今日はお引き取りいただいて結構です。ご足労いただき、ありがとうございました。」


弁護士の言葉に、両親は立ち上がるが


「待って、そんなの・・・。」


明奈は尚も抗弁しようとするが


「もう諦めなさい!」


そう言って両親は明奈を引き摺るように退出して行く。


「雅也、本当にごめんなさい。私・・・。」


明奈がその言葉を最後まで紡げないまま、扉の向こうに消えた瞬間、雅也の目から、一筋の涙がこぼれる。


「お察しします。」


その弁護士の言葉が耳に入った時、とうとう堪え切れなくなって、雅也は嗚咽を漏らした。